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2015年8月 5日 (水)

アルトマンの全体像がようやくわかった

ロバート・アルトマンという監督は、私にとって長い間、謎だった。学生の頃、日本では、『M★A★S★H マッシュ』がたまに映画館にかかるだけだった。パリに行ってようやく『ウェディング』(1978)をシネマテークで見たけれど、他の作品は見ずじまいだった。

正確にはパリでは『名誉ある撤退―ニクソン―』(1984)という、たぶん失敗作をなぜか学生寮で見た。15年ほどたってそれから『ザ・プレイヤー』(92)が忽然と現れてカンヌの監督賞を取り、日本でも公開された。それからは新作が毎年のように恵比寿のガーデンシネマで公開された。

そんなことを振り返ったのは、10月3日公開のドキュメンタリー『ロバート・アルトマン』を見たから。これを見て、ようやくこの謎の監督の全体像がわかった。

1950年代から映画やテレビの監督をしているが、メジャーのスタジオと揉めてばかりいる。「ヒッチコック劇場」を演出したこともある。そして『M★A★S★H マッシュ』がカンヌでパルムドールを取り、一躍有名監督に。その次に作ったのが『バード★シット』だから笑ってしまう。これは数年前に公開されたが、とんでもないヘンな映画だった。

それから『ロング・グッドバイ』(73)、『ナッシュビル』(75)、『ウェディング』(78)と群像劇が続く。どれも傑作だが、普通にはわかりづらいものばかり。そして『ポパイ』(80)の大失敗。これはテレビで批評家がコテンパンにけなす場面もある。

それからも作り続けているが、知らない作品が多い。資金繰りが苦しくなって自分のスタジオを売却し、ついには自宅も売って、85年にパリに。その間ミシガン大学で教えたりもする。90年にニューヨークに戻り、『ザ・プレイヤー』が来る。この後は『ショート・カッツ』、『プレタ・ポルテ』、『ゴスフォード・パーク』など、はずれが少なくなった。そして最後が『今宵、フィッツジェラルド劇場で』という遺書のような映画。

90年代からはどんどん痩せて痛々しくなる。心臓移植手術も受ける。この映画にはホームビデオが数多く使われていて、おもしろい。家族といる時に本当に楽しそうで嬉しくなる。そして2006年にはアカデミー賞名誉賞を受ける。そのスピーチには泣いてしまう。

ホームビデオだけでなく、インタビュー、講演、撮影現場の記録映像などがふんだんに使われているが、これは監督がミシガン大学に寄贈したもので400時間分あるという。この映画のための俳優たちへのインタビューもあるが、それは最小限に抑えて当時の映像を時代ごとに再現したところにこの映画の意味がある。

見終わると、ひとつのすばらしい人生につきあったようないい気分になる。それにしても、映画監督とは何と因果な職業かと思う。映画は小説や美術と違って予算が膨大なために自分だけでは作れず、1本ごとに身をすり減らし、場合によっては財産まで失ってしまうのだから。このドキュメンタリーは、傾きかけたハリウッドで自由な映画作りを求めて1人で戦った監督の軌跡(あるいは奇跡)を存分に見せてくれる。

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