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2015年8月19日 (水)

『カミーユ、恋はふたたび』をふたたび

最近は、我ながらボケたかと思うことが多い。財布や携帯を忘れて家を出たり、アポや試写会の場所や時間を間違えたり。まだ大学の授業については間違えたことはないが、もうじき危ない。そんなわけで、2年半前に日仏学院で見た映画の試写に行ってしまった。

見たのは、10月公開のノエミ・ルヴォウスキー監督『カミーユ、恋はふたたび』。なぜ2度目だとわかったかというと、そこで会った元配給会社勤務の女性から、「2年ほど前に、ブログでこの映画のことを書いていましたね」と言われたから。

この映画の試写状が届いた時、「あっ、これは見たかった」と思った。フランスの映画雑誌で映画評を読んだとばかり思っていた。ところが、一度見ていたとは。その女性は「あまりホメてませんでしたね」と言ったので、一瞬帰ろうかと思ったが、見ることに。

家に帰って調べてみたら、13年2月3日のブログにこの映画のことを書いていた。その時の題名は「カミーユ、ふたたび」。リンクを読んでもらえばわかるが、文章の最後に「映画としてはどうということはないし、日本では公開しても入らないだろうけど、この設定は抜群だった。日本でリメイクはどうだろうか」と書いていた。

書いている内容については、足すことはあまりないが、結末のこの文章とは違う感想を持った。「実に独創的な発想をうまく映像化するのに成功している」と思ったからだ。40歳のおばさんが突然16歳の時に戻るが、顔や体形は40歳のまま。

最初はいかにもおばさんという感じが、だんだんかわいらしく見えてくる。後に夫となる青年も同じ俳優が演じているが、何ともフレッシュ。カリカチュア的な部分とドキュメンタリーのような感じが合わさって、不思議な魅力を湛えている。もうひとつ書き足すとすれば、16歳の彼女の母親役のヨランド・モローが「母の優しさ」を体現していて良かった。

自分語りの女性映画として、記憶に残るフランス映画ではないか。と、記憶になかった私が書くのもヘンだが。今回のできごとで、私は24年前ではないが2年半前に飛ぶことになった。教師をしていて残念なのは、その時に何をしていたかが思い出せないことだ。

普通の仕事だと、ああ、あの年はあれで忙しかった、となる。教師は、いつも授業をしているだけなので、2013年の2月に何をしていたか、それこそ記憶にない。あえて言えば5年前から映画祭を始めたので、その頃は2回目の「新・女性映画祭」をやった学生が卒業しつつあった時だなと、何とか思い出すことができたのは嬉しかった。

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