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2015年8月26日 (水)

舞台と映画の違い:『パリ3区の遺産相続人』

11月14日公開の『パリ3区の遺産相続人』を見た。自分がよくパリに行くせいか、外国人が描くパリを舞台にした映画は何となく見たくなる。監督のイスラエル・ホロヴィッツは何と『いちご白書』(70)や『さらば青春の光』(71)の脚本家。その後は舞台脚本家として活躍してきた彼の初監督作品という。

この映画も、舞台で世界中で公演された脚本を自分で映画用に直して監督したという。この映画を見ると、演劇人が作る映画というのがよくわかる。

中年のアメリカ人が、父の遺産であるパリのアパートを見に来たら、そこには老婆が住んでいた。亡くなったら所有する家やアパートを渡す代わりに、それまでは住み続けて生活費ももらうというフランス独自のシステムで、アメリカ人はこれまで父が払ってきた老女の生活費を払うことになる。アメリカ人は老女と同居する中年女性の娘と出会い、そこから新しい物語が始まる。

まず、フランス特有のヴィアジェというシステムを中心のネタにしたところが演劇的だ。映画は普通こうした1つのネタだけでは作らない。そして登場人物たちはある意味で類型的だ。58歳のアメリカ人マチアスを演じるケヴィン・クラインは、ケチで意地悪で自分のことしか考えていない。老婆のマティルド役のマギー・スミスはなかなか味のある老女。その娘役のクリスティン・スコット・トーマスは、シビアなフランス女性だが、一方で影のある魅力を持つ。

映画はこの3人の会話やそれぞれの毎日を追う。観客はしばらくは誰にも感情移入ができないし、何より一番の主人公のマティアスが何とも嫌な奴なので、見ていていらいらする。ところが見ていると、いくつかの真実が少しずつ露呈してゆき、3人を結ぶ絆が見えてくる。

見終わると、ストンと落ちる。3人がいい奴に見えてきてしまう。ヴィアジェという大きなネタを中心に、小ネタが少しずつ露呈されて、全部がつながる感じというのか。

パリの風景も出て来るけれど、中心となるのはあくまで3人であり、彼らが真実を知って考えが変わってゆく過程だ。まわりの雰囲気などではなく、脚本の力と演技のうまさで強引に引っ張ってゆく。3人以外の、例えば老女の主治医や娘の愛人などがずいぶん類型的なのも演劇的だろう。

個人的にはかつてピカソ美術館に仕事で日参した経験があるので、近くのフラン・ブルジョア通り、セヴィネ通り、パイエンヌ通りなどの表示が出てきて懐かしかった。もっとそのあたりの雰囲気が味わいたかったとも思ったが。

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