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2015年8月20日 (木)

不思議な美術展2つ

私には時々、その意味がよくわからない美術展がある。最近見たものだと、渋谷の東急文化村で8月30日まで開催の『エリック・サティとその時代展』と国立西洋美術館で9月23日までの『ボルドー展』がそうだった。もちろんサティもボルドーも画家でも彫刻家でもない。

エリック・サティは音楽家だから、その作品自体は展覧会になりにくい。音楽は演奏するのが一番だから。太宰治展などと一緒で、展示するのは本人の肖像画か、同時代や友人の画家の絵か、自筆原稿(この場合は楽譜)か、本人の顔写真や遺品か、あるいは彼に影響を受けた美術家の作品か。

だから「〇とその時代展」なのだろうが、それにしても隔靴掻痒の思いがした。サティが活躍したキャバレーの「ムーラン・ルージュ」や「シャ・ノワール」のポスターに始まって、彼の肖像画や山高帽や杖も展示されている。あるいは彼が作曲したバレエ『パラード』や『本日休演』関連のデッサンや衣装など。

もちろんあちこちで、彼の曲も聞こえて来る。有名な「3つのジムノペディ」や「スポーツと気晴らし」など。それなりに盛りだくさんで、1910年代から20年代の狂乱の時代の雰囲気が好きな人にはいいかもしれない。私には本質に迫らずに雰囲気を楽しむ趣味的なものに見えた。

『ボルドー展』に至っては、一体何を見せたかったのだろうと思う。最初はボルドーのあるアキテーヌ地方の紀元前の斧や槍や飾りが並ぶ。なんだ古代の展覧会かと思ったら、18世紀の陶器が並ぶ。あるいは当時の生活を見せる肖像画や静物画。好きなシャルダンもあった。あるいは晩年をボルドーで過ごしたゴヤの版画。

だんだん19世紀のロマン主義に移り、歴史画や肖像画が出てくる。残念なのは目玉のはずのドラクロアの《ライオン狩り》が上部が欠けていること。この絵を模写したルドンの絵もあってそれを見るとよくわかるが、ドラクロアの絵を見ると、「狩り」ではなく、ライオンの下敷きになっている死にそうな人間しか見えない。

最後は高級ワインの図柄が並ぶ。これは今年一番の迷走した展覧会ではないか。外のショップではワインが売られていたが、ずいぶん高い。家に帰って安いワインを飲みたくなった。

実は驚いたのは常設展。こんなに広いスペースで、中世から20世紀前半までびっしりと並ぶ。フェルメールの帰属作品《聖プラクセディス》まである。この数年に購入した作品も多く、この豊かさは並大抵ではない。少なくも、ボルドーから絵を持ってくる必要はなさそうだ。

そういえば文化村では、ギャラリーで開催されている山田純嗣展の方がずっと刺激的だった。今回はモネや雪舟などの名画をモチーフにした作品で、まさに絵画とは何かを考えさせられた。

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