« 早川雪洲ふたたび:その(2) | トップページ | 初めてMRI検査を受ける »

2015年9月19日 (土)

オリヴェイラの優雅と残酷

今年の4月に106歳で亡くなったマノエル・ド・オリヴェイラが101歳の時に撮った『アンジェリカの微笑み』を見た。今年の12月に公開という。実を言うと、3、4年前にDVDで見ていた。

フランス映画社の柴田駿さんから、プレスの仏語インタビューを訳してくれと頼まれた時に、DVDをもらっていた。一度訳して送ると、柴田さんは「読みにくいので、もっと大胆に訳してくれ」と言うので、再度訳した記憶がある。その後、アルシネテランがこの作品を配給することになり、その翻訳を探すが出てこなかった。

その2つの会社が倒産し、今度はクレスト・インターナショナルに配給権が移り、再度翻訳を探した。DVDも訳した元の仏語資料も見つからなかったが、2バージョンの翻訳だけは、1つ前のパソコンのデータを保存していたUSB端末を見つけて、そこからポロリと出てきた。

それは今回の試写のプレス資料に使われている。この映画のそんな数奇な運命を考えながら、映画を見始めると、その原題に驚いた。O Estranho Caso de Angélica「アンジェリカの不可思議なケース」。英語だとStrange Caseだから、「数奇な場合」でもいいが、「微笑み」などという生やさしいものではない。

冒頭は、夜のドゥロ河を固定ショットで少し離れたところから写しながら、ショパンのノクターンが響く。手前の道路の音にかぶさるピアノを聞きながら、ゆっくりと流れるクレジットの優雅なことと言ったら。それから夜の道が出てきて、FOTO GENIAと書かれた看板の店に車が止まる。

「ジュニア写真店」と訳が出たが、geniaはラテン系の言葉では、一族とか天才とかを意味するのではないか、あるいはフランスで1920年代に使われた「フォトジェニー」=映画の写真的美学を表すのではないかなどと屁理屈を考えていたら、どんどん話は進む。

その写真店の写真家はおらず、たまたま道にいた男の紹介(何というご都合主義!)で、車の主は若い写真家を訪ねる。いや写真家ではなく、石油関係の仕事をしているユダヤ人イザク(監督の孫のリッカルド・トレパ)で、写真が趣味という。

イザクが車に乗って依頼の主を訪ねると、死んだばかりの娘アンジェリカを撮って欲しいという母親(レオノール・シルヴェイラの美しいこと!)がいる。カメラを向けて撮り始めると、死んだはずの娘が微笑む。

イザクはその微笑みに悩まされる。それだけの話だが、説明なしであちこちに謎を振りまきながら平気で進む映画の何と優雅なことか、あるいは残酷なことか。映画的な画面の構築も、細部の組み立てもある意味で放棄し、立ち上がるのは人間の数奇な運命のみ。その力強さに圧倒される。

アンジェリカとイザクが空を羽ばたく白黒のシーンには、メリエスの宇宙もの(『月世界旅行』ではなくその後の『太陽旅行』など)か、あるいはダニエル・シュミットの『ラ・パロマ』か。青年の住む宿の会話で出てくるオルテガ・イ・ガセットの「人は人と人の間の環境である」という言葉は何を意味するか。小鳥は、金魚は、薔薇の造花は、オリーヴの木(=オリヴェイラ)は、農夫たちの歌は? そんなすべての思考が無駄なくらいの、天才の力業である。

|

« 早川雪洲ふたたび:その(2) | トップページ | 初めてMRI検査を受ける »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/62308803

この記事へのトラックバック一覧です: オリヴェイラの優雅と残酷:

« 早川雪洲ふたたび:その(2) | トップページ | 初めてMRI検査を受ける »