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2015年9月24日 (木)

旅行中の読書:『戦艦武蔵』

これも佐藤優氏の推薦図書だったと思うが、吉村昭の『戦艦武蔵』を読んだ。これは1966年に出されたノンフィクションで、戦艦大和の構想から建造、そして進水式、航海、1944年10月の沈没までを、じっくりそして淡々と描く。というより、建造の部分が半分を超す。

私は戦争マニアでも軍艦オタクでもない。だから「武蔵」が日本の軍艦のなかでどんな位置を占めるかも知らなかった。読み始めてすぐにわかったのが、これが「大和」に並ぶこれまでになかった巨大な戦艦で、そのために膨大なお金と時間と人間が投じられたことだ。

この本を読んで一番印象に残ったのは、これが呉の海軍工廠で作られた大和と違って、それにならって民間の三菱重工業長崎造船所で作られたことの困難さと、とにかく巨大戦艦を作ることを市民も含めて外部に一切を漏らさないために、あらゆる手段が講じられたことである。

本の冒頭に、有明海の海苔養殖業者たちが、網のための棕櫚の繊維が姿を消したことに戸惑う場面が語られる。それは戦艦の建造が見えないように覆いをするために、九州のすべての棕櫚が買い占められていたのだった。

建造が始まってから、秘蔵の設計図面がなくなる事件があった。その捜査は滅茶苦茶で、少しでも怪しいと思われた者には拷問を繰り返す。結局、19歳の少年が仕事が嫌になって図面を盗んで焼いたことがわかった。

「少年は、その後裁判にかけられ、懲役二年執行猶予三年の刑を受けると、特高係の手でひそかに三池港から満洲に送られた。そして少年の家族は、長崎からいずれともなく姿を消した。
無罪釈放された七名のうち、三名は、強度の神経衰弱症におちいって、職場への復帰はかなり遅れた。そして、出勤するようになってからも、図庫のある設計場へは、身をふるわせて近づこうともしなかった」

この引用だけでも、異様な雰囲気は伝わってくると思う。戦艦が出来あがると、領事館の前に目隠しのために土地を買って大きな倉庫を作ったり、市内の各地の高台から見張りをしたりと、ものすごい。進水式に東京から参加する人々は、いくつもの班に分かれて別々の経路で長崎入りした。

そんなとてつもない苦労をして作った武蔵は、あっけなく沈む。全乗組員2399名中1376名が生き残ったが、「海軍にとってかれらは、既に人の眼から隔離しておきたい存在だった。武蔵乗組員という名は、かき消したかったのだ。かれらの所属は、どこにもなかった」

秘密のうちに作り、沈んだ事実さえも隠そうとする驚異的な隠蔽体質。その努力のほんの少しでも世界状況の判断に使っていたら、こんな戦争はなかったろうに。読み終わると、この本末転倒の発想が、今の日本にもあるような気がしてきた。

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