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2015年9月16日 (水)

『恋人たち』の生々しさ

帰国して最初に見た映画は、11月14日公開の橋口亮輔監督『恋人たち』。題名から想像しがちな明るく楽しい映画とはほど遠く、現代日本の生きづらさを生々しく表現した力作だった。

主人公は3人。通り魔殺人で妻を失って数年たつ男アツシと、パートで働く平凡な主婦だがある時浮気に目覚める瞳子、同性愛者でどこか上から目線の弁護士の四ノ宮。この3人がほとんど混じり合わずに、それぞれの苦しい毎日を送る。

最初は、あまりにもありそうな日常のくだらないセリフに笑う。ところが感情のままに話す饒舌な人々の、その奥にある絶望的な寂しさに気がついて、笑いが凍り付いてしまう。

見ていて一番息苦しくなるのはアツシ。冒頭、彼が妻の思い出を語るシーンはドキュメンタリーかと思った。区役所の健康保険課でいじめられ、亡妻の姉のつらい話を聞き、同郷の先輩(リリー・フランキー!)に適当にあしらわれる。勤務先の同僚に苦しさを吐露する場面のアップは忘れられない。

それに比べると、瞳子は本能のおもむくままに適当に生きていて、ほっとする。夫や姑とうまくいってないが、それでも皇族の追っかけをした様子を自分で撮ったビデオを再現しては楽しむ。パート先で知り合った藤田(光石研!)と仲良くなり関係を結ぶが、これがとんでもない男。何にも期待せず、小さな幸せを自然に追う姿は一番生々しい。彼女が藤田の家に行く時にお洒落をする様子なんて、隠し撮りのようだ。

弁護士の四ノ宮は、ほかの2人と比べてラクな生活をしているが、それでも他人とうまくやっていけない悩みをかかえる。エリート然として何でもクールにこなすのだが、なぜか見ていてかわいそうになってくる。

見終わって資料を見て、この3人を演じているのがワークショップから出た素人同然だと知って驚いた。周りは有名な俳優で固めているが、全く見劣りしない。むしろこの3人の存在感の方が際立っている。

あえて素人を使い、全体を断片のパッチワークのような作りにして、普通の映画から意識的に遠ざかることで、橋口監督は、現代の日本を凝視する映画の新たな地平を作り出そうとしているのではないか。そんな野蛮な勇気を感じた。

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