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2015年10月 7日 (水)

シャンタル・アケルマンが亡くなった

国際ニュースはノーベル賞で大騒ぎだが、ベルギー出身の女性映画監督、シャンタル・アケルマンが亡くなった。時事のニュースがネットで流れたくらいで、おそらくどこの新聞にも出ていないのではないか。私が知ったのは、昨晩フェイスブックを見ていたら、フランスの友人が書いていたから。

65歳というから、若い。彼女の名前は前から気になっていて、たまに機会があるとその作品を見た。一番最近見たのは、2011年のベネチアで「アルマイヤーの阿房宮」。当時のブログに「まぎれもない傑作」として、「一言で言うと、マルグリット・デュラスとクレール・ドニとアビチャッポンを足して割ったような作品である」と書いている。

最初に見たのは「私、君、彼、彼女」(1974)ではないか。1984年にパリに着いたばかりの頃で、どこかに鑑賞メモはあるはずだが、よく覚えていない。アケルマン本人が主演で、前半は部屋の中で何もせずに佇んでいるような映画だったが、トラックの運転手と仲良くなったかと思ったら、女性とのレズシーンがあったと思う。

その次に見たのは、1988年の『アメリカン・ストーリーズ 食事・家族・哲学』で、これはもう少し覚えている。ニューヨークに住むユダヤ系の人々が次々に自分たちのことを語る映画だった。ドキュメンタリーのようで、いつの間にかフィクションが始まった。そしてまたドキュメンタリー。

メジャー映画としては「ゴールデン・エイティーズ」(86)という奇妙なミュージカルも見た。それから『カウチ・イン・ニューヨーク』(96)もメジャー映画だが、ジュリエット・ビノシュが出ているこの映画は私にはピンとこなかった。無理して知的なアメリカ映画を装った映画に見えた。

つまりは、4年前に見た「アルマイヤーの阿房宮」以外は、はっきりと思い出せない。大半はパリで見たが、見るたびに、孤独な人間たちを描くリアルなタッチに心を動かされた。そこではフィクションとドキュメンタリーがいつも入れ子細工のように組み合わされていた。彼女の名前を見つけると、できるだけ見に行った。

2000年以降になって、彼女の名前がジェンダー系の映画研究で取りあげられるようになり、あるいは作品が美術館に展示されるようになったのには、違和感を覚えた。彼女はフィリップ・ガレルやジャン・ユスターシュのような「ポスト・ヌーヴェルヴァーグ」の映画監督であり、フェミニズムやアートに括るのは勘違いのような気がした。

彼女の映画をまとめて見てみたい。せめて今年のロカルノで上映されたという遺作の「ノー・ホーム・ムービー」を、東京フィルメックスあたりで上映してくれないだろうか。

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