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2015年10月24日 (土)

30年目の東京国際映画祭:その(2)

正直に言うと、東京国際映画祭を追いかけるのはきつい。ベネチアなど海外に行けば一日中時間があるが、東京にいると教えている大学の授業もあるし、雑用もある。それでも空いている時間をぬって、何とか毎日通おうと思う。

まずはコンペの3本から。一番おもしろかったのは、エストニアのヴェイコ・オウンプー監督の『ルクリ』。どことも知れない辺境の街に住む2組の男女ヤン、エヴァ、マリナ、ヴィルを主人公に、差し迫る戦争の危機を描く。

戦争といっても、戦車も飛行機も見えない。飛行機が間近を通る轟音がするだけ。そしてルクリという近くの街から逃れた2人の男がやってきたり、その男たちを探す警察らしき人々が来たり。2組の男女の仲もいいわけではなく、エヴァはルクリの男たちについて行く。

あらすじを書くと単純だが、そこには人間の根源的な不安や欲望があり、映画はそれをリアルとシュールを混ぜながらかつユーモアたっぷりに描く。最後の電気を使い果たして真っ暗になり、バッハの「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」が響いて小さなろうそくが灯るシーンなんてゾクゾクした。

ちょっとソクーロフやタルコフスキーに近い映像感覚を持つ監督だが、この映画が「ワールド・プレミア」(世界初上映)ではなく、「アジアン・プレミア」(つまり欧米では上映済み)なのは残念。

ほかの2本は、低予算で地味な主題を巧みな脚本でうまく仕立てた感じ。デンマークのマーチン・ピータ・サンフリトの『地雷と少年兵』は、1945年のデンマークの海岸を舞台に、地雷除去を命じられたドイツの少年兵とデンマークの軍曹の交流を描く。

除去作業が実にリアルだし、その過程で何人もの少年が死んでゆくのが見ていてつらい。丁寧に作られている力作だが、日本での配給は難しいだろう。

チェコのオルモ・オメルズ監督の『家族の映画』は、両親が休暇で海外に行ってしまった家庭で、姉と弟が勝手な生活を送るうちに、両親が行方不明の連絡が来るというもの。両親は帰ってくるが、新たな真実がそこで露呈して、という新たな展開まである。

脚本を練り上げた映画というのはわかるが、ヨーロッパの映画学校を出た監督によるこうした脚本中心の映画は、国際映画祭で見ると、凡庸に見えてしまう。

2本とも「アジアン・プレミア」。つまりは欧米の映画祭で上映済みの、小国の地味で誠実な映画を選ぶのが、東京国際映画史のコンペの特色になっている気がする。それでいいのか。

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