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2015年10月27日 (火)

30年目の東京国際映画祭:その(5)

朝から夕方までみっちり講義系の授業をしてから六本木に駆けつけて見たのは、ブリランテ・メンドーサ監督の『グランドマザー』(2009)。去年、タイ特集で始まった国際交流基金プレゼンツの企画は今年はフィリピンで、その中心がメンドーサ監督の5作品上映らしい。

この監督の映画は2年前のトロント国際映画祭で「憑きもの」 Sapi (Possession)という半分ホラーの映画を見て、仰天した記憶がある。その前から名前は聞いていたので、今回何本か見てみることにした。

冒頭、老婆がくちゃくちゃの紙幣を手に掴んで、雨の中を子供と一緒に歩き出すシーンから、画面に引き入れられる。ものすごい雨の中をバスに乗り、歩いて辿りついたのは葬儀屋で、いきなり棺桶の値段の交渉が始まる。とりあえず老婆は、2000ペソの手付けを払う。

見ていると、死んだのは老婆の孫で、喧嘩で殺されたらしい。老婆は孫の職場に行って見舞金をもらい、警察へ。彼女は葬儀を出す金もないから、借金をしようとするが、それには写真が必要で50ペソ。とにかく5分おきに金の話が出てくる。

さらに、もう一人の老婆が出てくる。こちらは犯人の祖母で、何とか孫を救おうと保釈金や和解金を死に物狂いでかき集めはじめる。映画はふたりの老婆の狂気じみた金集めを描きながら、彼女たちの生きる貧困の世界をじっくりと写す。すべてはお金、お金。

被害者の祖母は川に面した掘立小屋に住み、舟で移動する。なぜか自宅の池に大量の魚がやってくる場面のおかしさといったら。犯人の祖母は道端で違法の屋台で野菜を売る。遠くに住む娘の家でアヒルの卵やジャガイモを大量にもらうが、帰る途中で出会う人ごとにそれを売りながら現金化してゆくすさまじさ。

あっけにとられているうちに、ふたりの祖母が和解して映画は終わってしまった。その荒々しい映像を見ながら(実際にプリント状態もひどかった)、ちょうど昼間に大学で見たロッセリーニの映画を思い出した。奇跡の感覚も近い。あるいはその露悪趣味は、ブニュエルかシュトロハイムか。

どう見ても丁寧に撮っているとは思えないのに、映像は躍動し、人間や社会の根源がむき出しになる。これぞ映画の醍醐味である。一日の疲れがいっぺんに吹き飛んだ。東京国際映画祭にもこうした渋い企画があるのは、アジア部門の石坂健治氏のおかげ。実は30年前の同級生だが、何とも誇らしい。

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コメント

グランドマザー、素晴らしいですよね。ただ、昨日の上映はVHSテープをかけているのかと思うほどひどかった。09年のベネチア映画祭で見たとき、私はまず映像の美しさに引かれ、それからおばあちゃんたちのなりふりかまわぬ突進力に惚れ、マニラの街に自分が放り込まれているような気分になりました。傑作です。どなたか、劇場公開してくれないでしょうか。わたしもテレビでも質に入れて、出資しますよ! 5万円くらい。

投稿: 石飛徳樹 | 2015年10月27日 (火) 08時50分

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