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2015年10月 9日 (金)

オリヴェイラの『訪問』を堪能する

これだけ映画を見ていると、「映画に間に合わない」とあせることがよくある。しかし、昨日ほど慌てたことはめったにない。山形国際ドキュメンタリー映画祭のオープニングで上映されたマノエル・デ・オリヴェイラの『訪問、あるいは記憶、そして告白』(82)のことである。

大学の授業を終えて、東京駅に急いだ。予定としては、開会式開始直後に着く予定だった。ところが東京駅に着いてみると、新幹線は10分遅れで出発。さらに福島を過ぎると、強風のためノロノロ運転。米沢の手前でとうとう止まってしまった時は、万事休すと思った。

大学を出る前に、映画祭の広報担当の知り合いの携帯に電話したところ、問い合わせが多いので開会式の最初から出ないと入れない可能性があると言われていた。これはダメだと諦めていたら、新幹線は米沢からは普通に動き出した。

12月にオリヴェイラの『アンジェリカの微笑み』を配給するクレスト・インターナショナルの方に連絡を取ったら、「開会式後でも入れそうだ」「上映は19時から」とショートメールが届いた。山形に50分遅れで着いて荷物を持ったままタクシーで会場へ。18時50分、ちょうど開会式が終わったところに着いて、間に合った。新幹線の遅れを考慮して、上映を遅くしたという。

映画は期待以上に素晴らしかった。オリヴェイラが「私の死後、発表して欲しい」とポルトガルのシネマテークに預けていた遺言のような映画だが、それにふさわしく、オリヴェイラの秘密が詰まっていた。

最初のクレジットは文字はなく、オリヴェイラ本人のナレーションが響く。音楽はベートーベンのピアノ協奏曲、録音は後に監督となるジョアキン・ピント、美術には奥さんや息子の名前。そして最後に「妻のマリア・イザベルに捧げる」。

広々とした公園のような庭を過ぎて、大きな家の中にカメラが入って行く。靴の足音が響き、男女の声が響く。「ここが寝室だな」「人間の住まいは小さいべきだ」。階段を登ったり、降りたり、靴の音だけが聞こえる。

ある部屋にカメラが入ると、タイプを打つオリヴェイラがいた。ワイン色のセーターに白いシャツにサングラス。「モナリザ」の小さな複製が机の上に。彼は正面を向いて「シネマトグラフの監督、マノエル・デ・オリヴェイラです」と言う。「私はすべてを犠牲にして映画を作ってきた」。

その家は1942年にマリア・イザベルと結婚した時に建てたもので、40年住んだが、今度売り渡すことになったという。だからこの映画を作ろうと思ったのだろう。それからオリヴェイラの人生が語られる。父母や祖母や兄弟の写真。4人の子供たちとその孫たちの夥しい写真。「この家で私にとって最も充実した時期を過ごした」「私は1908年に生まれたが、父の家は1904年にできた」「私は父が大好きだった。彼はたくさんの工場を作った」

そして薔薇園が写り、奥さんのマリア・イザベルが現れる。「最初の25年は大変だった。録音もスクリプトもやった」「彼への献身と理解の人生ね」

再びオリヴェイラ。「私は人生を愛する」「死は怖くない」「純粋さが好きだ」。彼は自分で映画も映す。田舎にある妻の実家を写しながら、「ここで『アンジェリカ』などのまだ映画になっていない脚本を書いた」「ここにはアンドレ・バザンやパオロ・ローシャなど映画人が多く訪れた」「私は農業が好きだ」

それから1963年に逮捕されて、刑務所に入った話。何とその再現フィルムまで上映される。「私は今、『ノン』の脚本を書いている。1974年のカーネーション革命のことだ。フェルナンド・ペソアらの著作に影響を受けたから」「ポルトガルは本当に小さい国なのに、なぜ世界の大問題を考えるのか」「私は消えてゆく」という言葉の後に、真っ白なスクリーンが写り、カタコトという映写機の音だけが響く。

自分の家について語ることが、人生を語ることになり、そしてそれがそのままポルトガルの20世紀になる。そしてそれは世界の歴史そのものになる。そんな、大胆で謎めいていながら明快なオリヴェイラ映画の魅力が凝縮された作品だった。

この映画の上映プリントは1本しかなく、世界を巡回中のため、今日には送り返されるらしい。いつか日本で公開して欲しい。

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コメント

上映プリントが一本しかないのですか。残念です。観たくて観たくてたまりません。

投稿: 加賀谷健 | 2015年10月 9日 (金) 11時46分

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