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2015年10月23日 (金)

30年目の東京国際映画祭:その(1)

今年もまた、東京国際映画祭が始まった。今年で30年目という。1985年に始まった時は留学中だったので行っていないが、その後はたぶん毎年参加している。いつも悪口ばかり言っていた。

最初は観客として、2000年頃からはIDカードを取得して、業界人としてあるいはジャーナリストとして、文句ばかり言ってきた。大学に移ってからは、このブログや朝日新聞デジタルのWEBRONZAで、文章の形で批判した。去年に至っては「朝日新聞」のオピニオン面にまで書いた。

いつのまにか、映画評論家ではなく、映画祭評論家になった感じ。さて、いろいろ書いてきたのが無駄だったかというと、今年の映画祭の初日を見て少しは意味があったのではないかと思った。

まず、去年「朝日新聞」に「テレビ局アナウンサーのバラエティ番組のような司会も好ましくない」と書いたが、今年はその笠井伸輔アナウンサーが変わっていた。羽鳥慎一と西尾由佳里というアナウンサーだったが、笠井氏のように舞台を歩き回ったりギャグを入れたりは一切なく、シンプルで好感の持てるものだった。

去年の「映画祭アンバサダー」の嵐のような存在も「フェスティバル・ミューズ」の中谷美紀のような役もいなかった。首相や皇族が来なかったのも良かった。去年は、故高円宮の妃殿下の入場に全員起立なんてヘンだったし。オープニング上映の『ザ・ウォーク』を紹介する時に「映画祭ナビゲーター」という男女が現れたが、登場時間が短くてさほど気にならなかった。

これが本当に私が書いたからなのかはまだ未確認だけど、勝手に「文章の力」を感じて少し嬉しかった。そういえば、映画祭の上映作品やセクションが今年は大幅に変わった。

一言で言うと、私がWEBRONZAで2012年に書いた5回連続記事「東京国際映画祭はどこがダメなのか」を始めとして訴えてきたことが、かなり実現されている。まず、コンペに初めて邦画が3本入った。国際映画祭の最大の目的は自国映画の売り込みであることはカンヌなどを見ても明白だから。

この1年間の邦画の秀作をまとめて上映する「ジャパンナウ」も、復元版を上映する「日本映画クラシックス」も私が提唱してきたこと。さらにいつも批判してきた「特別招待部門」がかなり小さくなった。

それで全体のセレクションが抜群に良くなったかというと、どうもそうは感じられないところがある。コンペの『FOUJITA』や「ジャパンナウ」の原田眞人監督特集には、首をかしげたくなってしまう。と、また今年も文句が始まった。

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