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2015年10月25日 (日)

30年目の東京国際映画祭:その(3)

昨日、朝日新聞の石飛記者と話していて、プレス上映のスケジュールが不便という話になった。2本の映画の上映時間が微妙に重なっていて、1日のうち見ることのできる映画が2、3本しかない。そのかわり、実際に見る1本と1本との間がずいぶん空いてしまう。

こんなことはカンヌなどでありえない、といつもの話になる。新聞記者はともかく、私のように別の仕事がある人間にとっては、土日に2本しか見られないというのはつらい。

というわけで昨日の土曜日に見たコンペの2本について書く。2本とも英語の作品だった。カナダ出身のロバート・バドロー監督の『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』は、アメリカ=カナダ=英国の合作で、ジャズ・トランぺッターのチェット・ベイカーの生涯を描く。といっても、彼がやくざに襲われて、再起不能の体になったところから立ち直るまでを描くので、見ていてなかなかきつい。

そのうえ、描き方も単調で一瞬眠くなった。それでも後半盛り上がるのは、主演のイーサン・ホークが抜群にいいから。顎が壊れ、歯もぼろぼろになった状態なのに、少しずつトランぺッターを吹き始める。場末で吹いていると「あれが、チェット・ベーカーだなんて信じられない」と言われるが、少しずついい音が出始める。

顎をかばった少し押さ気味の音が、次第にいい感じに聞こえてくる。そして弱々しい感じの歌も心に奥深く響く。マイルス・デイヴィスやディジー・ガレスピも見にきたスタジオでのギグの彼の歌には、惚れ惚れしてしまった。これは普通に劇場公開が決まると思う。逆に言うと、国際映画祭でやる必要があるのかどうか。

オランダ出身のダビッド・フェルベーク監督の『フル・コンタクト』は、その意味では国際映画祭向きの映画だが、絶望的に退屈だった。映画は、米国内でドローンの遠隔操作をして中東のアル・カイダを射撃する兵士を描く。最初はおもしろくなるかと思ったが、30分くらいたつと、彼の心象風景が始まる。

中東の海岸で裸で暮らしたり、アラブの兵士たちを機関銃で撃ったり、彼らとボクシングをしたり、あるいは空港で荷物の紛失係をしたり。なぜか途中で会話はフランス語に変わる。そこで出会う女性は、実際に彼がストリップショーで出会った女だった。

何だか安っぽい夢の分析を見ているようで、105分がひたすら長く、つらかった。主演のグレゴワール・コランはクレール・ドゥニの映画などに出ている俳優で、なかなかいい感じを出していたけれど。これは公開はとても無理だろう。コンペでなければ、こんな映画は映画祭にあってもいいのだけれど。そういえば、2本ともまたアジアン・プレミアで、欧米では公開済みだった。

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26日のことですが、映画「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」を鑑賞しました。 TIFFにて、3本目です 名ジャズ・トランペット奏者として一世を風靡した、チェット・ベイカーの苦闘の時代を描くドラマ ドラッグに依存し 暴行されて歯を失い、ろくに演奏できずになったチェット...... [続きを読む]

受信: 2015年11月16日 (月) 18時19分

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