旅行中の読書:『火花』
今日から10月だから、又吉直樹の『火花』を読んだのは、もう一月も前になる。羽田空港の本屋で買って、そのまま飛行機の中で読んだ。飛行機の中で読むには、あまり難しい本は向かない。
いわゆる純文学だと眠くなってしまう。ちょっと派手なノンフィクションものとか、小説だとサスペンス仕立てとか、読みやすいものがいい。
その意味では、この小説は気軽に読めた。文体も含めてちょっと古臭いけれど、話の展開が楽しくて「ちょっといい話」というところか。あらすじは既にあちこちに書かれているが、売れない漫才師が尊敬する先輩・神谷さんを見つけるが、いつしか自分は少し有名になり、神谷さんは落ちぶれてゆくというもの。
神谷さんに会った時、主人公は突然「弟子にしてください」と言う。
「「いいよ」と神谷さんは僕の言葉を簡単に受け入れ、丁度、酒を運んできた店員に「今、ここで師弟関係を結んだので証人になるように」と言い、「はい、はい」と適当に受け流されていた」
このゆるい、いい加減さがいい。そして主人公は「僕の言動を書き残して、伝記を作って欲しいねん」と頼まれる。もちろんそれがこの小説だから、いちおうプルーストばりの「小説を書く小説」ではあるが、なんだかそれも怪しい。
そして神谷さんの言葉がおかしいが、どこか本質をついている。「本当の漫才師というものは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん」。「共感って確かに心地いいねんけど、共感の部分が最も目立つもので、飛び抜けて面白いものって皆無やもんな」
その神谷さんは、主人公の前から姿を消し、再会した時には、とんでもない格好をしていた。そしてふたりで熱海に行って、小説の出だしの場面に戻る。なかなかうまいじゃないか、と思った。小説としての体裁は十分整っている。
あえて言えば、ネタ的というか、設定や会話のおもしろさで成り立っているので、発想がすべてという感じ。たぶんこの芸人は小説で食っていくことはないと思うが、時々こんな小説を出すのは悪くない。そんな気がした。
どうでもいい話だが、昔、又吉さんという沖縄出身の美しい女性がいた。フランス語のできる方で、理系の東大教授の秘書をやっていたはず。ノスタルジックな小説のせいか、そんなことを思い出した。
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