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2015年10月30日 (金)

30年目の東京国際映画祭:その(6)

いつ頃からか、実在の人物を主人公にした映画が増えた。今回の映画祭で言えば、既に試写で見てここに書いたコンペの『FOUJITA』がその典型だろう。彼ほど知られていなくても、ある国や地域だけで知られた人を描く映画も多かった。

コンペのブラジル映画『ニーゼ』がそうで、20世紀半ばからリオの精神病院で、アートを使った療法を定着させた医師、ニーゼ・ダ・シルヴェイラを描く。ホベルト・ベリネールという監督の2作目の劇映画らしいが、患者たちが次第に絵を描くことに目覚めて変貌していく様子を丁寧に撮っている。

気になったのは、最初から彼女の敵と味方がわかりすぎたこと。さらに、もっと苦労があったはずなのに患者との確執などは一切描かず、彼女のいいところだけを見せている感じなので、いわゆる「美談」に見えてくる。インターナショナル・プレミアとはいえ、これがコンペとは。最後はお定まりで、実際の本人や患者を撮った映像や写真が出てくる。

フィリピン映画の『キッド・クラフ~少年パッキャオ』は、エマニュエル・パッキアオという今も生きている伝説のボクサーの少年時代を描く。本国で大ヒットしたという超娯楽作だけに、見ていて気持ちがいい。前半に70年代から80年代の内戦に田舎の少年が巻き込まれるあたりも、フィリピンの人々にはこたえるのかもしれない。

ポール・ソリアーノという監督の4本目の長編らしいが、演出は手堅かった。最後には、お定まりで本人の写真が出てきた。これはフィリピン特集の1本。

初日に見たオープニング作品の『ザ・ウォーク』もその1本だろう。1974年にワールドトレードセンターの2つのビルにワイヤーをかけて綱渡りをしたフランス人、フィリップ・プチを描く。この映画がすばらしいのは、綱渡りに至るまでの、チームの仲間たちとの出会いや何カ月もの綿密な調査をきっちりと描いていること。

プチ役のジョセフ・ゴードン=レヴィットの過剰な演技は最初は気になるが、だんだんとその性格が理解できてくるから不思議なものだ。さすがにロバート・ゼメキスは、伝記映画なのにきちんと映画的な構造を作っている。かつての『三銃士』や『シルク・ドゥ・ソレイユ』に比べると、ここ数年オープニングの映画の質はまともになっている気がする。

ただ、個人的には高所恐怖症なので、この映画を3Dで見せられたのは閉口した。両手から本当に汗が出てきて、見終わると喉がカラカラになった。そのせいか、直後のオープニング・レセプションはシャンパンを飲みすぎてしまった。

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