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2015年11月30日 (月)

原節子を考える:続き

まだ、原節子のことを考えている。多くの日本人にとって、彼女は戦後の大女優たちのなかで、格別の存在だったのではないか。少なくとも私にはそうであったことを、今になって思う。

あの大きな目、とりわけ長い睫で伏し目がちに見る時の視線は強烈だった。それから、ときおり高音に裏返った感じの艶やかな声。そしてもちろん、肩幅が広く大柄な体格で颯爽と歩く立ち姿は、田中絹代、京マチ子、山田五十鈴、高峰秀子、小暮実千代、杉村春子といった和風の女優たちになかった。

いつから「永遠の処女」になったのかわからない。たぶん戦後の『わが青春に悔いなし』(46年、黒澤明)、『安城家の舞踏会』(47年、吉村公三郎)、『青い山脈』(49年、今井正)、『晩春』(49年、小津安二郎)『お嬢さん乾杯』(49年、木下恵介)といった大監督と組んでキネマ旬報ベストテンで上位を取り、そのうえヒットした作品群からではないか。

『わが青春に悔いなし』と『晩春』では大学教授の娘、『安城家の舞踏会』と『お嬢さん乾杯』は没落貴族の娘、『青い山脈』では保守的な田舎にやってきて改革してゆく女子大卒の教師。どれも「高貴」な感じが漂う役で、例えば高峰秀子のような汚れ役はない。

一番の汚れ役は『わが青春に悔いなし』だろう。原節子は、スパイ容疑を受けて獄中で死んだ夫(藤田進)の田舎に行って、畑仕事を始める。文字通り泥だらけになって杉村春子と田植えをするのだから、彼女のその後のイメージからは考えにくい。それでも戦後になっていったん実家に帰って、昔の服装に戻りピアノを弾いたうえで、両親にやはり田舎で働くことを宣言するから、やはり「高貴」な感じなのだ。

それでいて、いつも伏し目がちに怒りや狼狽を表現していた。それを思ったのは、15歳で出演した『河内山宗俊』(36)を今回見直したから。昔見た時は、「なんと可愛らしい」とアイドル歌手のように思った記憶がある。ところがこの映画の役は、不始末をした弟をかばって身を売る甘酒売りの娘。およそ「高貴」ではない。

彼女は弟のことを探してくれと申し訳なさそうにヤクザものたちに頼む時に、既にあの裏声と伏し目があった。そして売られてゆく前に、降りしきる雪の中で傘をさして下向き加減に立つ姿。日本人離れした華やかさを持ちながら、この後ろめたい感じが既に15歳の時にあったとは。

それは翌年のアーノルト・ファンクの『新しき土』で、許嫁の男性(小杉勇)がドイツから帰国した時に、ホテルでドイツ人女性と一緒にいるのを見た瞬間の、原節子の伏せた目に続く。この女優はそれからずっとこの「翳り」の視線を貫いたのではないか。

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