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2015年11月 6日 (金)

「新聞の東京国際映画祭評」評

久しぶりに新聞評の評をやりたくなった。3日(火)に「朝日」で石飛徳樹編集委員が、東京国際映画祭のコンペについて「満遍なく地域を散りばめた作品を集める東京の方が正確な地図を描いている。地味ながら誠実な作品選定が「東京」の個性」になるつつある」と積極的な評価で文章を締めくくったからだ。

友人だからあえて書くが、これはおかしい。「地味ながら誠実」については、私もある程度同意する。丹念に作品を見て観客のことを第一に考えて選んでいるのはよくわかる。しかし映画の新しい潮流を示すような作品はほぼなく、そのうえに誰もが期待するような世界初上映もない。

これを「「東京」の個性になりつつある」と感じるのは、石飛記者のほか毎年何本ものコンペを見ている数少ない日本の映画ファンだけで、海外のプレスは全く無視しているし、内外の映画業界人も少ない。あくまで日本の観客だけを向いたセレクションは、国際映画祭では意味がない。

石飛記者が引用している是枝裕和監督の「国際映画祭のコンペとは映画で今の世界地図を描くことだ」の意味は、現在の世界の映画状況について選者なりの地図を描くことで、地理的にバランスよく各地域から数本ずつ選ぶことではないはず。東京のセレクションはまるで地図を見ながら選んだかのようだ。そのくせ必ずフランスとイタリアと中国が、ここ数年1本ずつあるのはヘンだけど。

ただしパリとロスの女性2人のコメントは興味深かった。パリの林さんは「街全体が映画祭をやっているという活気」が「決定的に欠けている」。ロスの中島さんは外国人記者にとって席が取りにくく、「JAPAN NOW」にプレス上映がないことを指摘し、世界初上映が少ないと言う。ほぼその通り。

「読売」5日付けでは恩田泰子記者も「多様な「今」を見せる“世界映画現況地図”とも言うべき面白さがあったのは確かだ」と石飛記者と呼応する表現を使っていた。私には世界の映画の現在が見えたのは、むしろメンドーサの特集だったけれど。そして恩田記者は会場がバラバラで盛り上がらないと批判も加えていた。

一番手厚いのは「日経」で4日から3回連続で、コンペ、アジア映画、日本映画を3人の記者が論じて読みごたえがあった。関原記者は世界初上映の少なさを指摘し、赤塚記者はアジア部門の盛り上がりを記述し、古賀重樹編集委員は今年日本映画部門が増えたことを歓迎しつつ、まだまだ発信にはつながっていないと書く。

さて、私もWEBRONZAに書いた長めの文章が昨日アップされた。そこには新聞のどこにも書かれていないことを1つ書いた。ここ9年(作品部統括を含めると12年)ディレクターを務めた矢田部吉彦氏をそろそろ変えた方がいいのではという大胆な提案だ。ぜひご一読を。

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コメント

私もA紙の記事には違和感をもった。是枝さんの発言はここで書かれている限りでは、あくまで一般論であり、それを東京映画祭のセレクションの肯定に結びつけるのは、新聞記事として反則だと思う。
さらに言うと、是枝さんの同様の発言は私も聞いているけれど、それはカンヌのティエリー・フレモーのセレクション方針について述べたものだった。例えばベネチアのマルコ・ミュレールの先鋭性に対する、フレモーなりのオーソドキシーという意味での言及だ。実際、フレモー自身もそういう発言をしている。
だから、それを「カンヌより・・・」という文脈に結びつけるのはますます無理がある。ちょっとあきれた。

投稿: 古賀重 | 2015年11月 6日 (金) 23時18分

重樹さま、なるほど、是枝さんの発言にはそんな背景があったのですね。

投稿: 古賀太 | 2015年11月 7日 (土) 08時58分

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