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2015年11月 9日 (月)

藤田嗣治の26点

竹橋の東京国立近代美術館で、所蔵する25点に京都国立近代美術館の1点を加えた26点が展示されていると聞いて出かけた。そんなに東近美に藤田があったかなと思っていたら、なんと14点は戦争画だった。

東近美で2006年に開かれた藤田展でも、これほどの戦争画は出ていなかった。今回初めて全部を出したのは、もちろんその後に君代夫人が亡くなったこともあるが、戦後70年がたって戦争画を見せたから騒ぐ人もいなくなったということだろう。

ちなみにこれらの戦争画は所有者の欄に「無期限貸与」と書かれている。これは戦後にアメリカに没収されて、後に日本政府に「無期限貸与」になったという意味。正式には、いまだにアメリカのものとは。

さて戦争画14点とそれ以外を比べると、さすがに戦争画は少し落ちるかもしれない。《五人の裸婦》(1923)や《タピスリーの裸婦》(23)、《自画像》(29)、『猫』(40)といった絵の装飾性や正面性による前衛的な感じが、戦争画にはあまりない。

それでも、《アッツ島玉砕》(43)《血線ガダルカナル》(44)《サイパン島同胞臣節を全うす》(45)などの群像図には、明らかにルネサンスのミケランジェロのような肉体の様式美が見られる。一見、リアリズムのようで、よく見るとダンスのようにリズミカルなまでの戦士たちの手足の動きがある。

これは、実は2008年に上野の森美術館などを巡回した「レオナール・フジタ展」に出ていた1928年の《ライオンのいる構図》《犬のいる構図》《争闘》Ⅰ、Ⅱの3メートル四方の大作4点の延長線上にあると思うのだが、どうだろうか。つまり、戦争を題材にしただけで、彼の表現としては変わっていないことになる。

今回の戦争画には、《南昌飛行場の焼討》(38-39)とか《十二月八日の真珠湾》(42)とか、群像図ではないものもいくつかあった。それらはあまり藤田らしさが感じられなかったが、手抜きがあったのかどうか。それにしても初めて14点の藤田の戦争画を見ると、彼が本当に日本の勝利を信じて協力していた様子が、ひしひしと伝わってくる。

それから彼が監督した映画『現代日本』の「子供篇」も常時写されている。1935年に海外向けに作ったものだが、「国辱的」と批判されてお蔵入りになった作品。鈴木重吉と2人で分担して「南国」「田園」「婦人」などのテーマで撮ったが、今残っているのは藤田の「子供篇」8分38秒のみ。子供の散髪やチャンバラごっこなど、日本の田舎をいい感じで撮っていると思うのだが。

春画展もそうだが、今年は戦後70年でこういった思い切った展覧会が多いような気がする。ぜひ次は、東近美に200点はあるであろう返還戦争画をまとめて、「戦争画展」をして欲しい。藤田26点の一挙展示は12月13日まで。それにしても、常設展示室の照明はずいぶん美しくなった。日本製のLED照明のおかげだろうが、日本の展示演出は今や世界一ではないだろうか。

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