« 昨今の大学事情 | トップページ | 転職ノスタルジア »

2015年11月25日 (水)

それでも東京フィルメックスへ行く:その(2)

東京フィルメックスでコンペのアジア映画3本を見た。思ったのは、アジア映画は本当にレベルが高くなって、どの国からも相当にアート志向の強い作品が出てくるようになったことと、それゆえに東京国際映画祭との区別がつきにくくなっていることだ。

見たのはカザフスタンの『わたしの坊や』とスリランカの『白い光の闇』とネパールの『黒い雌鶏』。1990年代まではおもしろいアジア映画といえば、韓国か中国・香港・台湾の中国語圏にプラスしてフィリピンやタイに時々天才が現れる感じだったのに、今ではどこにでも俊英がいる。

この3本はそれぞれ異なる個性を持つが、一番評価しやすいのはミン・バハドゥール・バム監督の『黒い雌鶏』だろう。ネパールの小さな村の少年プラシュカが見た世界を描いたもので、少年の友人キランの家は裕福でプラシュカは「不可触民」と呼ばれる。共産主義者が村に現れて姉が賛同して出て行ったり、村長の娘の結婚式に共産主義者が現れて夫を連れて行ったり。

祭の踊りなどネパールの風俗をきちんと描きながらもそこに歴然たる身分差別があることも見せ、さらに全体に政治的な不安定が覆っている。そして映画上映のシーンや少年が見るスローモーションの夢の部分もいい。終盤はプラシュカとキランが自分たちの鶏を探しに行くが、そこで見たのは悲惨な虐殺の光景だった。

力はあるが一般的にはちょっときついかなと思ったのが、ジャンナ・イサバエヴァ監督の『わたしの坊や』。こちらも少年が主人公で、冒頭に母とオレンジの花畑を歩く強烈な映像が出てくる。それは過去の追憶で、ラヤン少年は母を亡くしており、その時の事故で自身も雨が降ると頭が痛い。

ラヤンは細い吊り上がった眼をして、世の中全体を憎んでいる感じ。実際に、母の事故の原因となった警官や嫌いな父親などを次々に殺してゆく。その背景に、母と暮らした頃とは全く変わった荒涼とした砂漠で、いつも強風が吹き、廃工場や壊れた車などがあちこちに目立つ。

後半に少年が穴の開いた真っ赤な旗を掲げて歩いたり、ときおり母と花畑を歩く映像や母の歌(題名の「わたしの坊や」)が挿入されたり、全体に色彩も含めてシンボリックな表現が光る。母への追憶、父殺し、失われた自然など少し図式的かもしれないが。それにしても何とも救いのない映画で、これは東京国際映画祭のコンペには絶対選ばれないだろう。

見終わってパンフレットを見て、この監督が女性ということに驚いた。完全に男の子の物語なので、男性と思い込んでいた。

|

« 昨今の大学事情 | トップページ | 転職ノスタルジア »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/62746507

この記事へのトラックバック一覧です: それでも東京フィルメックスへ行く:その(2):

« 昨今の大学事情 | トップページ | 転職ノスタルジア »