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2015年11月23日 (月)

それでも東京フィルメックスへ行く:その(1)

去年はWEBRONZAに「役割を終えた東京フィルメックス」という文章を書いたので嫌われているかなと思ったが、それでも見たい映画は見たい。イランのジャファル・パナヒ監督の『タクシー』を見に行った。

この監督は5年ほど前に裁判に訴えられて、20年間は「映画を作ってはいけない」「国外に出てはいけない」という判決を受けた。その後は『これは映画ではない』(2011)のような、普通の映画ではない、スケッチのような映像を作っては国際映画祭に出品している。それでもおもしろいところが天才たるゆえん。

今回の『タクシー』もまた、タイトルもクレジットもない断片のような映像だが、何とも興味深い。今回はパナヒ監督がタクシーの運転手をしていて、乗客に話しかけるというもの。運転台にカメラがあって、監督がその向きを変えながら乗客や自分を撮る。

最初は教師の女性とフリーランスという男性が乗っている。まじめな教師とおしゃべりな男の対比がおもしろい。聞こえて来る運転手の声はたぶんパナヒだろうと思っていたが、彼の顔が現れる瞬間は感動的だ。明らかに疲労が感じられる表情だが、みんなに優しく振る舞う。それにしてもイランのタクシーは相乗りが普通なのか。

次に乗ってくるのはビデオ屋で、監督に気がついて「パナヒさんですね」と話しかける。ビデオ屋の客に至っては、パナヒにどの映画を見たらいいか、アドバイスを求める。その次は中年女性2人で、12時までにある場所に金魚を届けると言い張るが、途中で金魚鉢が割れて大騒ぎ。

映像に変化が現れるのは、迎えに行った姪のハナが現れた時。彼女は学校で短編を撮ることになっており、手に持ったキャノンのカメラで動画を撮る。そして彼女が撮った映像が画面に現れる。「上映可能な映画とは何か」など監督と彼女との映画談議が楽しく、深い。

そしてバラを持って現れる知り合いの女性弁護士。彼女は刑務所に友人の面談に行くようだ。ここでも体制の理不尽さがぽろりと出る。弁護士を下した後に、監督と姪は車内に落ちていた財布を届けに、中年女性たちを下した場所へ行く。外に出た2人を車内の固定カメラが捉えていると思ったら、そこに泥棒がやってきて、真っ暗になって、おしまい。

映画を撮ることを禁じられた自分の姿をエッセーのように描きながら、映画とは何かをさりげなく見せる。その静かな、しかし強い情熱に心を打たれる。「この映画は上映可能な映画になりませんでした」というクレジットも含めて、軽やかなのにずっしりと重い1本だった。

この映画はベルリンで金熊賞だったが、こうした受賞がなかったら、彼はこんな映画を撮ったり海外に出すことも許されないだろう。その意味で東京でこの映画を上映することも大きな意味がある。欧米だけでなく、日本もこの監督を支持していることをイラン政府に知らせるわけだから。

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