京都の話:年末のまとめ
このブログには季節感がないと言われる。確かに花見も花火もクリスマスもイルミネーションも、およそ興味が沸かない。唯一、年末年始だけは例外で、年賀状を書いたり掃除をしていると、ある種の感情が沸いてくる。
私の机の上には、気になった雑誌や本や展覧会や映画のチラシなどを雑然と置いている。実はこのブログを書くためで、書き終わると捨てるか整理する。そんな中で、年末に机の上を整理していたら、書きそびれた展覧会のチラシが出てきた。
2つとも京都に行った時のもので、3月に京都府文化博物館で見た「京を描く―洛中洛外図」展と、11月に京都国立近代美術館で見た「琳派イメージ」展。どちらも「京都」を強烈に意識させるものだった。
「京を描く」展は、16世紀から江戸時代を通じて描かれたいわゆる「洛中洛外図」を全国から集めたもの。おおむね、左右6曲ずつの横長の金屏風に寺社や人々の暮らしが描かれている。どの絵も似たり寄ったりで、60点ほどえんえんと続く。
こちらは京都に詳しくないので、清水寺くらいしかわからないが、地元の老人客が「ここは八坂神社、この奥は寂光院」などと指さしてゆっくり見ている。自分の街を何百年も描き続けるのは、たぶん自慢でしょうがないからだろう。そしてそれを現在見ている老人たちも誇らしいのだろう。
例えばパリやロンドンやローマでこういう例があるか考えてみるが、思いつかない。ひょっとすると、京都人は世界一の自画自賛気質なのかもしれない。
「琳派イメージ」展でも同じようなことを考えた。今年は「琳派誕生400年」ということで京都国立博物館の「琳派 京を彩る」展を始めとして琳派関連の展覧会が多かったが、これもその1つ。要は、明治から現代まで琳派の伝統は続いてますよ、という展覧会。
ファッション、グラフィック、絵画、工芸、版画などあらゆる分野で琳派的な作品を集めている。田中一光のポスターなどは想像していたが、コムデギャルソンやヨージヤマモトまで出ているとは思わなかった。最後はアンリ・マティスの《ジャズ》まで出てくる。こうなると、何でも琳派に見えてくる。
これまた京都至上主義だろう。そういえば、3月に初めて京都御所の中を見た。予約制だったが、京都のど真ん中の広大な土地に、紫宸殿や清涼殿や御学問所などがずらりと並んでいた。東京に都が移って150年ほどたつのにこんな建物が維持されているのも、これまた京都の自慢かもしれない。
結局、京都には京都賞の審査と授賞式で5回、学会もあったので計6回行った。おかげで少しは寺社を見たし、おいしい食事もできた。つまり今年は私にとって京都の年で、こんなに京都を味わうことはもうないだろう。
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