『牡蠣工場』の写す日本
2月に公開の想田和弘監督のドキュメンタリー『牡蠣工場』(かきこうば)を見た。「観察映画」第6弾というが、『選挙』(07)に始まる彼の映画は、ちょっと変わった人々のもとに行って、文字通り「観察」する映画だ。
これまでは選挙の候補者、精神病、認知症、劇団といった特別な人々が対象だったが、今回は牡蠣を取る人々、つまり「労働」なので興味を持った。つまりは普通の人々だから。スイスのロカルノやフランスのナントのような渋い映画のコンペに出ていることもあった。
冒頭から、ガラガラという音がする。船から取ってきた牡蠣をクレーンで吊り下げて、箱に入れる。そして牡蠣をむく工場。そこでもガラガラ、あるいはガチャガチャという音を立てながら、牡蠣をむく人々がいる。男も女も中年も老人も若者も、並んでガラガラ。
そこには、東日本大震災後に三陸から移ってきた渡邉さんもいた。三陸でも牡蠣を商売にしていた彼は、平野かき作業所を継ぐという。そこに現れるのは中国からの研修生。渡邉は、彼らのために移動式のプレハブ住宅を借りる。
牡蠣で仕事をする人々の台所が写ったり、監督夫妻の住む家になついた猫が写ったり、撮影する監督を真似る人々が写ったり。もちろん監督夫妻の声もそのまま聞こえる。たまたま港で海に落ちておぼれている人を見つけて助けに行く船に同乗し、カメラは救出現場を捉える。時たま入る、美しい遠景の瀬戸内の風景。
中国人が来る直前に、おじいさんから撮影を断られるシーンがある。「中国人が嫌がって帰ったら困るから」。監督夫妻は中国人が着くと、自ら撮影の許可を願い出て、承諾を得る。カメラはそのすべてを写す。
映画の冒頭に猫が写るけれど、その猫のようにカメラはどこにでも行く。そして働く人々を見て、猫のようになんとなく近づきながらすべてを撮ってゆく。特にドラマがあるわけでもない「観察」だけど、その小さな世界に日本の確かな現実がある。
三陸から移ってきた渡邉さんが映画に奥行きを与える。三陸の現在について語ったり、今の生活について語ったり、中国人研修生に一生懸命教えたり。
『戦場ぬ止む』などに比べて、あまり時間をかけた感じの映画ではないけれど、このちょっとしたスケッチ感が「観察映画」たるゆえんなのだろう。
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