榎本さんの小説『エアー2.0』を読む
榎本憲男さんは才人である。昔、銀座や新宿の映画館で支配人をしていた頃からお顔は存じ上げていた。その後、何かの飲み会で会ったと思う。彼はそれから買い付けや宣伝をやっていたと思ったら、いつの間にか脚本の賞を取ったり、映画をプロデュースしたりしていた。
彼が勤めていた映画会社を辞める直前に、劇場パンフの原稿を頼まれたこともあった。辞めた後は何と『見えないほどの遠くの空を』を監督した。現在は2本目の長編『森のカフェ』が公開中。つまり映画館という映画の川下から上がって行って、川上の監督になった珍しい人である。
彼を一度大学に呼んで話をしてもらったらあまりにおもしろかったので、最近は年に3回も来てもらっている。いつも独自の観客論やシナリオ分析が学生に大ウケだ。
彼が数か月前に出した小説『エアー2.0』をようやく読んだ。これがなかなか良かった。正直に言うと、映画『森のカフェ』よりいいと思う。サスペンス仕立ての近未来小説だが、とにかく設定がうまい。
出だしは新国立競技場の工事現場。そこで出会うのが、元原発の作業員と謎の「おっさん」。この2人が政府を相手に荒唐無稽な戦いを繰り広げる。「おっさん」は時代の空気を読む完璧な市場予測システム「エアー2.0」の考案者で、政府に無償で引き渡すことを条件に、福島の帰還困難地区を「経済自由区」にすることに成功する。
経済自由区「まほろば」には太陽光発電など新しい企業がどんどん入ってきて、地元の人々が戻って仕事をする。中では「カンロ」という電子マネーが流通し、その規模の大きさは次第に政府を脅かす存在になる。
ここに警察や政府高官、政治家、ジャーナリストなどが加わって、それぞれの視点で2人の主人公と協力したり、戦ったり。終盤、「まほろば」のシステムが崩壊するかに見えるが、どんでん返しも二重、三重に用意されている。
出だしの新国立競技場の爆破と競馬の八百長を絡めたあたりは抜群にうまいし、それ以上に原発とオリンピックという日本の大問題をネタに使いながら、資本主義の奴隷にならない新しい社会を構築する2人組のヒーローの物語が破綻なく展開されているのに驚く。
今の日本を根本から変えてやろうという高い志を、巧みにエンタメ小説に仕上げてていると思う。部分的に雑な描写やいらない細部がある気もするが、最初の小説でこの構成力はすごいのではないか。
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