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2016年1月10日 (日)

無声映画の音楽を考える

無声映画、サイレント映画と言えば、全く音の出ない映像を沈黙の中で息を飲んで見るイメージがある。あるいはDVDでかなりテキトーな音楽と共に見るか。ところが、当時はピアノなどの生演奏付きの上映が大半だったという。

もともと「無声映画」Silent Filmという言葉や概念は、トーキーが開発されて映画に音が入るようになってから作られたもの。だから最近では、フィルムセンターなどでは無声映画には伴奏つきの上映をすることが多くなった。

では当時はいったいどんな音楽が演奏されていたのか。これについてはこれまで資料がほとんどなく、映画史でもあまり触れられていない。最近、早稲田大学の演劇博物館が購入した資料のなかに日活直営館などで使われた楽譜が見つかったという。

その資料を調査した若い研究者たちの発表があったので、行ってみた。実はボケて時間を間違い、白井史人、柴田康太朗といった方々の発表は聞き損ねたが、資料をもらい、その後のそれらの楽譜を使った演奏などを見てきた。日活直営館用に映画ごとに選曲譜を作製していた平野行一の楽譜が使われた。

まず、無声映画のピアニストとして活躍している柳下美恵さんが、『槍供養』という1927年の日活京都作品の短縮版(19分)に自分なりの音楽を付けて弾いた。次にこの映画用に平野行一がつけた3つの楽譜を中心に、そのほかの平野の選曲を使って演奏した。

明らかに当時の演奏は、情緒過多だった。すべてアメリカの音楽を編曲したものだが、いわゆるお涙頂戴のものが多い。物語は、手違いで主君の槍をなくした市助(大河内伝次郎)が、死んでお詫びをするという何とも悲しいもの。自殺する直前に母と恋人を思い出して手紙を書くシーンに「愛しい人 キャサリン」が流れて涙を誘った。

次に上映されたのは、去年9.5ミリのパテ・ベビー版が見つかって話題になった『実録忠臣蔵』(1926年、日活、池田富保監督、尾上松之助主演、66分)で、片岡一郎氏の活弁とカラード・モノトーンという3人の楽師の音楽で見た。これまた当時の平野行一の楽譜を使った演奏で、三味線、フルート、ピアノという和洋折衷の音楽がぴったりだった。

平野の楽譜はあったが、楽器の指定はないので、彼らが考えて3つの楽器を使ったという。こちらも大石の主君が自害をしたり、妻子を追い出したりという「泣かせる」場面が多いので、かつての楽譜を使うと、かなりベタになった。弁士があったせいか、音楽をあえて入れないシーンも多く、それがかえってよかった。

考えてみたら、私も何度も無声映画をピアニスト付きで上映したことがあった。リュミエール、メリエス、イタリア映画大回顧、ドイツ時代のラングとムルナウ、ルビッチ、カール・ドライヤーなどなど。その時は当時の楽譜なんて考えたこともなかった。演奏家たちに任せて、自由に弾いてもらっていたことを思い出し、またノスタルジアになった。

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