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2016年1月20日 (水)

「ボッティチェルリ展」のありがたみ

上野の東京都美術館で始まったばかりの「ボッティチェルリ展」を見た。一言で言えば、「何ともありがたい」気分になった。日本でこれだけの質と量のルネサンス絵画が見られるのは空前絶後ではないか。

もちろんボッティチェルリの作品だけではない。彼の作品は20余点だが、それでも「ありがたい」。それが、彼の師だったフィリッポ・リッピとその息子でボッティチェルリの工房にいたフィリピーノ・リッピの作品に前後を囲まれることで、ルネサンス絵画の系譜がよくわかる作りになっている。

もちろんこれらの絵画が描かれたのはメディチ家の庇護や注文によるもので、第1章には彼らの豊かさを物語る宝飾品や衣装などが飾られる。第2章がフィリッポ・リッピで、第3章がボッティチェルリ、第4章がフィリピーノ・リッピ。

第2章で父リッピの荘厳さのなかの可愛らしさに目を奪われる。布にまかれたキリストを抱く聖母を描いた聖母子像なんて、子供も母も遠くを見ているようだが、そこには大きな愛情が双方から溢れている。

しかしボッティチェルリになると、一挙にそれは人間的になる。「書物の聖母」と呼ばれる《聖母子》(1482-83)を見れば、母子の視線が通い合い、子供を抱きながら聖書をめくる母の手と子供の手が重なり合う。赤いドレスの上に青いガウンを着た聖母に子を覆う布と背景の空の水色。

同じくボッティチェルリの《ラーマ家の東方三博士の礼拝》(1475-76)も解説パネルを読むと興味深い。50人近くの群像を描いているが、その中にはメディチ家の人々が何人か描かれていて、赤の目立つ服を着たり、派手な動作をしている。おまけに右端には画家本人も描かれていて、ただ一人正面、つまり画家を見ている。まるで映画の俳優のカメラ目線みたいだ。

1点ごとについて語りだしたらきりがないが、とにかく「ありがたい」気持ちに溢れてくる。フィレンツェを中心にイタリア全土、さらに一部はロンドンやパリ、フィラデルフィアなどからも借りてきた78点は圧巻。イタリアに行ってもこれだけまとまったものはなかなか見られないだろう。とりあえず希少価値という点では、今年の美術展ナンバーワンであるのは間違いない。

この展覧会4月3日まで開催。

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