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2016年1月13日 (水)

「ようこそ日本へ」展を見る

連休で空いた時間に見たのが、東京国立近代美術館の常設で開催されている「ようこそ日本」展。別にいまの「クール・ジャパン」ではなくて、副題の「1920-30年代のツーリズムとデザイン」からわかるように、戦前のポスターを中心としたものだが、これが何ともおもしろかった。

私はもともと戦前の映画で満州が触れられるだけで、妙に高揚する。もしその時代に生きていたら、絶対に「大陸浪人」になっていたような気がする。だから今回のチラシで「朝鮮へ 満洲へ」というキャッチコピーを見た時は、ちょっと興奮した。

このコピーが大きく書かれたポスターは2枚あった。一つは中国風の赤い船が浮かんで、下に東京から下関を経て、京城や大連へ向かう経路が、鉄道路線図のように描かれている。すぐ近くという感じ。そして「鮮満巡遊の御計画は最寄駅又は左記へ 鮮満案内所 東京丸ビル 大阪瓦町 下関駅前」。

もうひとつは李香蘭に似た中国風の服を着た女性を描いたもので、「旅行ハ今 鮮満案内所」と書かれている。もし私が福岡の実家近くでこんなポスターを見たら、そのまま国鉄に乗って、下関駅前に降り立った気がする。

展覧会自体は、約半分が満洲、朝鮮、台湾への旅行を誘うもので日本人向け、もう半分は外国人に日本旅行をを勧めるもの。常設展会場の一部だが、大半はJTBの図書館など全国各地から借用したもので、127点からなる立派な展覧会。

今のJTB=日本交通公社の前身は、1912年に鉄道院が作った「ジャパン・トラベル・ビュロー」。ここのポスターが1915年頃から展示されている。何ともしゃれたデザインだと思ったら、デザイナーは三越図案部の杉浦非水だった。富士山、鳥居、五重塔などいわゆる日本のイメージだが、やさしい感じにできている。

展示物はどれも興味深い。竹久夢二がイラストを描いた豪華客船の大洋丸や秩父丸の英語のディナーメニューなどは、ひとつひとつ読んでみた。

一番驚いたのは、1936年のTravel in Japanと題したポスターに和服姿の原節子がドーンと写っていたこと。この年は彼女が山中貞雄の『河内山宗俊』に脇役で出ており、それを見たアーノルト・ファンクが翌年の日独合作映画『新しき土』に起用している。もうこの時点で、原節子の「帝国の娘」としての表象が観光レベルでもはじまっていたのかと思った。そのうえ、デザインは戦後日本のグラフィックデザインを牽引した原弘。

1930年に鉄道省に設立された国際観光局の目標は、1.国際親善、2.国威発揚、3.外貨獲得、4.地方産業の活性化、5.国民道徳の育成。なんだか今の政権を思わせるようだ。

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