« 1968年のカンボジア映画を見る | トップページ | 『ディーパンの戦い』への違和感 »

2016年2月18日 (木)

『バット・オンリー・ラヴ』の心地よい文学性

ここでも何度か書いたが、映画に対して「文学的」と言うのはおおむね褒め言葉ではない。思わせぶりとか頭でっかちとかというのは、「映画的」の反対だから。しかしながら、4月2日公開の佐野和宏監督『バット・オンリー・ラヴ』にはいい意味での、心地よい文学性を感じた。

佐野和宏と言えば、かつては瀬々敬久らと共に「ピンク四天王」として有名だったが、一般映画で活躍中の瀬々と違って、名前を聞かなくなっていた。

私自身はもともとピンク映画はほとんど見ておらず、この監督も名前しか知らなかった。今回の新作は彼が18年ぶりに撮ったもので、監督・脚本・主演を兼ねている。

冒頭から初老の監督本人が出てきて、妻と性行為に及ぶ。初老の男が優しい中年女性にしがみつく感じがリアルで痛ましく、かつエロい。物語は、彼が突然娘から自分が実の子ではないと聞かされて、うろたえるというもの。妻を信じられなくなり、街を放浪して偶然出会った男に誘われて、2組の夫婦が温泉旅行に出かける。そこでの思わぬ展開とラストに明かされる真実。

こう書くだけで、下手な私小説みたいで文学臭がするし、演出も能面やフクロウが突然出てきたり、思わせぶりの音楽が鳴ったりと、かつてのATG映画を思わせる。そのうえ、主人公は咽頭癌で声を失って、字を書いてしか会話ができないのだから。

ところが、映画自体はユーモラスで飄々とした感じで進む。とりわけ、監督が演じる無表情の主人公がいい。会話ができない分、子供のように素直で、老いた男の生と性を体現している。そして妻役の円城ひとみから、中年女性の魅力が何とも自然に出てくる。道で突然会う元恋人や一緒に温泉にでかける女もきちんと存在感がある。

映画としては去年見た高橋伴明監督の『赤い玉、』に近いが、もっと私小説めいている。癌で声を失った監督自身のドキュメンタリーのようでもあるが、あちこちにユーモアやロマンが張り巡らされているうえ、全体にエロスが充満している。小品だけど、不思議な魅力を放つジャンルを超えた快作だ。

見終わってプレス資料を見て、監督がまだ今年60歳であることを知って驚いた。10歳は上に見えるのは、病気のせいだろうか。すべてを見たような表情と佇まいがあった。若い人にはどうかわからないが、40歳を過ぎた人には、この映画のありがたみはきっと通じると思う。

|

« 1968年のカンボジア映画を見る | トップページ | 『ディーパンの戦い』への違和感 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/63229127

この記事へのトラックバック一覧です: 『バット・オンリー・ラヴ』の心地よい文学性:

« 1968年のカンボジア映画を見る | トップページ | 『ディーパンの戦い』への違和感 »