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2016年2月25日 (木)

元祖『ゴジラ』の米国版に驚く

元祖『ゴジラ』(1954年、本田猪四郎監督)が世界中で大ヒットしたことはよく知られているが、多くの国で米国再編集版が上映されていたことは、あまり知られていない。米国では日本公開から1年半後の56年4月に、Godzilla King of Monsters!という題名で公開されたという。そのDVDを見る機会があった。

再編集版というが、日本版にはないアメリカ人ジャーナリストを主人公として新たに撮影して加えているとは思わなかった。つまり、アメリカ人が見たゴジラの物語に完全に変えられていた。

映画は負傷したアメリカ人ジャーナリストのスティーヴ・マーチン(レイモンド・バー)が、その体験を回想で語り始めるところから始まる。カイロに行く途中に東京で降りて、旧友の芹沢博士(平田昭彦)を訪ねるという設定で、空港に着いて会いに行こうとしてゴジラ出現のニュースを知る。

映画は『ゴジラ』の日本人同士の会話をかなり省きながら、数分おきにレイモンド・バーのショットを入れる。国会でもどこでも、彼の周りに数名の日本人がいて、「彼が見ている」と思わせる。もちろん彼が日本版の登場人物と話すシーンはないはずだが、宝田明や河内桃子は似たシルエットの別人の背中を映して会話をしているように見せるし、平田昭彦とは電話のショットをつないで、話しているように見せる。

最初はいかにもインチキ臭いと思った。このアメリカ人の周りに写る日本人は日系人が演じたのか、日本語もおかしいし。字幕はなしで、宝田明や平田昭彦、志村喬など主要人物は日本人同士で英語で話すし。

ところが見ているうちに、アメリカ人の目からゴジラ事件を見ているような気分になってくる。スターだった宝田明の登場シーンを始めとして、日本人の人間ドラマや会話の場面は相当カットされているが、ゴジラが登場して東京の街を闊歩する見せ場はそのまま見せる。伊福部昭の有名なゴジラのテーマ曲を始めとした秀逸な音楽もほぼすべて使っている。長さは97分から74分と短くなった。

つまりセリフを省いて、アクションを中心に音楽で引っ張るテンポのいい娯楽作になっている。オリジナル版は、戦争の記憶を引きずっていて、全体に悲壮感が感じられるが、アメリカ版で見ると所詮は他人事のような気分になってくる。日本はアメリカに原爆や空襲でやられたのに、今度はゴジラで大変だね、という感じ。

さてオリジナル版にあった反核的な要素はどうかと言えば、これはもちろん削られている。最後に志村喬の言う、水爆実験を続けるとこれからも第2、第3のゴジラが現れるかもという予言はバッサリ切られて、その代わりにレイモンド・バーが、こうしてゴジラは去り、東京は平和になったというナレーションで終わる。前半の志村が国会でゴジラについて英語で解説する時に、「水爆」H-Bombという言葉は使ったけれど。

このアメリカ版が世界中で公開されたという。アメリカでオリジナル版が公開されたのは2004年のことというから驚きだ。あるいはこのアメリカ版が57年には日本で『怪獣王ゴジラ』という題名で逆輸入されて公開されたという事実もすごい。

ゴジラについては本も多いのでアメリカ版についてくわしい人は知っている話かもしれないが、私にはちょっとした驚きだった。「編集」によって「視点」を加えるなんて映画では簡単にできることも、軽いショックだった。

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コメント

そう。「ゴジラ」は戦犯解除されたばかりの東宝の森岩雄がハリウッドを視察して、日本映画の海外進出を目論んで作った作品。特撮のみならず、最初から海外市場を狙っていたという点でも画期的な作品だと思います。

投稿: 古賀重樹 | 2016年2月25日 (木) 22時21分

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