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2016年2月 2日 (火)

『ボーダーライン』の不安感

先週は文化庁の会議と卒論審査と試験採点で怒涛の日々だったが、ようやく少し時間ができて久しぶりに試写を見た。4月9日公開の『ボーダーライン』で、監督は最近話題作が続くカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ。

この監督は、「執念の追跡」にかけては天才と言えよう。『灼熱の魂』(2010)では亡くなった母の過去を追いかける子供たち、『プリズナーズ』(13)では、消えた6歳の娘を探す男、『複製された男』(13)では自分と瓜二つの存在を追う男を描いていた。今回はエミリー・ブラントとベネチオ・デル・トロとジョシュ・ブローリンのトリオが麻薬組織に立ち向かうと聞いて、楽しみに見に行った。

さすがにヴィルヌーヴらしく、コテコテの迫力で見せてくれる。冒頭から壁に埋め込まれた無数の死体が出てきて、アメリカにもこんな無法地帯があるのかと震える。映画はほとんどが有能なFBI捜査官ケイト(エミリー・ブラント)の視点で進む。

彼女はメキシコの麻薬カルテル組織撲滅のために、何を考えているかわからないリーダーのマット(ジュシュ・ブローリン)と怪しげなコロンビア人のアレハンドロ(ベニチオ・デル)と共に、ミッションに着く。彼らの目的はカルテルのボスの居場所を突き止めることだが、そのための作戦がケイトには、そして観客にもなかなか理解できない。

混乱したままで銃撃戦に巻き込まれ、敵も味方もわからなくなりながらも正義のためにとケイトは踏ん張って戦う。後半になってケイトが採用された理由が明らかになり、アレハンドロの正体もわかってくる。

結局は「執念の追跡」だったわけだが、今回はこれまでの2本に比べると大筋はわかりやすいが、根本はわかりにくい。CIA対麻薬組織という図式は明白で、これまでの映画のような個人の執念は見えにくい。しかしながら味方だと思った警察や出会った男などが実は敵という構造がこれでもかと現れ、闇の中の銃撃戦が続くと、見ていてどんどん不安に駆られてゆく。

終盤はケイトからアレハンドロに視点が移っていき、一挙にアレハンドロの物語になる。これまでのケイトの恐怖や頑張りは何だったのかと思わないでもないが、アレハンドロ役のベニチオ・デル・トロがカッコよくて哀しい存在として締めてくれる。

この監督は、シリアスな社会的メッセージをハリウッドのドンパチのアクション映画に巧みに入れ込んで、最後は力で押す怪力の持ち主なのだと思った。

そう言えば、このブログの最近のアクセスでは「人はなぜ壁を作るのか」が一番だが、これもまた「壁の映画」だった。アメリカとメキシコの間に張り巡らされた有刺鉄線の「壁」がこの映画の最大のテーマかもしれない。

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