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2016年2月27日 (土)

『日本の食文化史』を楽しむ

石毛直道著『日本の食文化史 旧石器時代から現代まで』を楽しく読んだ。たぶんどこかの書評で読んで、興味がわいたのだと思う。もともと食べることも料理を作ることも好きなので、たまには食を学問的に考えたいと思っていた。

そもそも食文化というのは、あまりに日常的なせいか学問化されていないようだ。この本は考古学や人類学、文学などの知識を織り交ぜながら、一般にもわかりやすく日本の食事の変遷を語ったもので、すいすい読める。

全体は、稲作以前、稲作社会、日本的食文化の形成(飛鳥から室町まで)、変動の時代(室町から江戸初期)、伝統的な食文化の完成(江戸)、近代(明治以降)と大づかみに分かれている。

稲作以前の縄文時代の日本の最初の調味料は塩とサンショウらしい。サンショウ好きの私としては、これが日本原産というのは嬉しい。貝は乾燥させて保存食として食べていた可能性が高い。

その頃から家畜は犬。「シカ、イノシシを猟犬によって追い出して狩猟をすることは、1万年以上前から現代にいたるまでうけつがれてきたのである。狩猟の伴侶であったイヌはたいせつにあつかわれ、埋葬した事例もおおく発見されている。ただし、本格的に農業を開始した弥生時代になると、切断されたイヌの骨が遺跡からよく発見され、イヌを食用に供するようになったことがわかる」

そして稲作が始まる。「水田稲作が導入されることによって、日本は本格的な農業社会になった。それは、日本の食の歴史における、最大の出来事であった。/以後、日本人が食物についていだく価値観の中心に、米が位置するようになる」「日本の伝統的な社会経済の中心課題は、常に米の生産と流通をめぐる事柄であった」

「日本にかぎらず、東南アジアの水田農耕地帯には、イネは精霊の宿る作物であるとみなす信仰が分布している」。その理由としては米がモンスーン・アジアに適した植物であり、かつ栄養学的に見て、蛋白質の補給源としてもすぐれているらしい。日本の米に依存する食生活は弥生時代に始まって1960年代まで続いたという。

稲作の起源地はアフリカ、インド、中国など諸説あるが、中国を経由して、朝鮮半島や日本に伝わったのは間違いないようだ。稲作が始まると人口は倍増した。「紀元前後の時代の日本の総人口は約60万人と推定され、それは縄文時代における最大人口の約二倍である」

そして東アジアと東南アジアでは、水だけで調理した白米を食べる。そして米からは酒を作る。まだまだ本全体の5分の1ほどだが、酒が出てきたところで今日はおしまい。それにしても、どこの国も酒を作る。自分も含めて、酒なしでは生きていけない人が多いのだろう。

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