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2016年2月12日 (金)

何とも懐かしい大原美術館展

六本木の国立新美術館で4月4日まで開催中の「はじまり、美の饗宴展」を見た。副題に「すばらしき大原美術館コレクション」とある通り、岡山県倉敷市にある大原美術館の名品が並んでいる。

見ていて、なんとも懐かしい気持ちに包まれた。大原美術館は、1930年創設という、日本最古の本格的な私立美術館なので、その所蔵作品は、どれもなじみ深い。教科書でよく見たものが多いし、あるいは都内の美術館で開催される「セザンヌ展」のような時に貸し出されてきた。

エル・グレコの《受胎告知》とかポール・ゴーギャンの《かぐわしき大地》とかクロード・モネの《睡蓮》とか。本物も複製も日本で見られすぎて、ほとんど神話的な域に達している感じがする。絵そのものの価値以上に、日本の西洋美術受容の歴史を背負っているというか。多くの画家は1点ずつの展示だが、おそらく買うのに苦労しただろうとかまで考えてしまう。

日本の青木繁、萬鉄五郎、小出楢重、岸田劉生、佐伯祐三なども名品ぞろいだが、彼らが参考にした大原の西洋美術を見た後に見ると、なんとも痛ましい気分になる。なぜそうまでして西洋を真似ないといけなかったのか。小出楢重の《Nの家族》なんて泣けてくる。

この展覧会にはエジプトや中国の古代の作品もあれば日本の工芸もあり、終わりの方には2000年以降の現代美術もある。しかしながら迫ってくるのはやはり19世紀末から20世紀半ばくらいまでの、「ありがたい」西洋美術の数々だ。現代では「ボッティチェルリ展」まで日本で開催されるくらいなので、このレベルの作品を各画家1点ずつ見ても、どうということはない。

それでもこの展覧会には、明治以降の日本の美術を始めとして文学、文化の営々とした歩みがぎっしりと詰まっている感じがする。会場には、歴史が生み出す濃密な雰囲気が充満している。

実は大原美術館には1度しか行ったことがない。記者をやっていた頃に、「日本にある印象派の私立コレクション」をテーマにして、ブリジストン、ひろしま、ポーラとこの美術館を取材した時だ。その時も大原には歴史の重みを一番感じた。建物に入った瞬間に、この展覧会と同じような濃い淀んだ空気があった。もちろんほかの美術館は戦後のコレクションだし。

新美術館では、2月14日まで(無料!)開催の「メディア芸術祭」ものぞいてみた。今回は「アート部門」がピンとこなかったが、「アニメーション部門」はいつも通りおもしろかった。大賞の「Rhizome」はボリス・ラベというフランス人の作品だが、10分余で宇宙の生成と滅亡を描くような作品で、飽きずに見た。題名はドゥルーズとガタリの概念から来るとパネルに書いてあったが、久しぶりに彼らの本を読んでみたくなった。

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