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2016年2月20日 (土)

佐藤優の説く『資本主義の極意』

佐藤優の新書『資本主義の極意』を読んだ。21世紀になって資本主義がかつてなく暴走し始めている気がしていたので、ふと読みたくなった。中をめくると「資本主義の内在的理由を理解することができれば、少なくとも資本主義の暴走に振り回されることはなくなります」と書いてあって、そそられた。

読み終えて「資本主義」がわかったかどうか自信はないけど、少なくともいくつかのクリアーな考え方は理解できたと思う。以下はその要約と引用。

まず、マルクス経済学とマルクス主義経済学は違う。後者は「資本主義を打倒し、共産主義革命を起こすことを目的に組み立てられた経済学」で、「1991年のソ連崩壊によって、有効性がないことは明らかになりました」。そして前者だけを掘り下げたのが、宇野弘蔵の経済学という。

「資本主義の起源には「労働力の商品化」がある」。その発端は、15~16世紀のイギリスの「囲い込み(エンクロージャー)」で、羊毛を飼うために追い出された農民が毛織物工場に雇われたこと。そうか、高校の世界史で習った「囲い込み運動」とはこのことか。人々が労働を求めて自由に移動することが「労働力の資本化」だろう。

日本の明治時代の地租改正では、農業の資本主義的経営は成立していない。それでも資本主義が自立したのは「政府主導のもとで殖産興業に邁進し、ある程度発達した技術を外国から導入できたからです」

「資本主義の根底にあるのは、「カネをすこしでも稼ぎたい、カネをすこしでも貯め込みたい」というイデオロギーです。このイデオロギーが社会全体に浸透してゆくことによって、がんじがらめの鉄の檻のようなシステムのなかに、人は自らを監禁することになる」

「そして、このイデオロギーは<法>、とりわけ民法などの私法によって担保されます。<法>によって商品交換の契約を拘束し、宗教・慣習などに囚われずに、社会は経済合理性や市場原理で動いていくことになる。/近代日本においても、資本主義のテイクオフとあわせて徐々に<法>が整備されていきました」

「好況というのは、ある程度まで行くと、資本家が儲からないほど、労働者の賃金が高騰してしまうのです。/そこから生まれてくるのが恐慌です」。これを乗り越えるのが「イノベーション」で「より少ない労働力で生産できるようにする」

「恐慌とイノベーションを繰り返して、資本主義はあたかも永続するかのごとく続いてゆく、というのが宇野弘蔵の考え方です」。ううむ、何十年おきに「恐慌」と騒いでいるが、これは資本主義の必然なのか。

この本がおもしろいのは、高校の教科書である山川出版社の『日本史A』を絶えず引用していること。これにマルクスや宇野を始めとして十冊ほどが引用され、写真付きで紹介されている。何とも親切な作り。

この本については実はこの後がおもしろいので、後日また書く(だろう)。

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