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2016年2月 8日 (月)

『グランド・フィナーレ』の充実度

4月16日公開のパオロ・ソレンティーノ監督『グランド・フィナーレ』を見た。最近は去年のカンヌに出た作品をよく見ている。試写で見たジャ・ジャンクーの『山河ノスタルジア』やナンニ・モレッティの『母よ、』、トッド・ヘインズの『キャロル』、劇場で見たばかりのネメシュ・ラースローの『サウルの息子』、少し前に見たホウ・シャオシェンの『黒衣の刺客』などさすがに傑作ぞろい。

『グランド・フィナーレ』もまたそれらに劣らない秀作だった。パオロ・ソレンティーノという監督は、華麗な映像という点では現代イタリア随一の監督だ。イタリア映画祭で『愛の果てへの旅』(2004)を上映した時は、ストーリーは謎めいていてわかりにくいが、そのスタイリッシュな映像美に惚れ惚れしたものだ。

『家族の友人』(06)や『イル・ディーヴォ』(08)までは難しかったが、ショーン・ペンを起用した『きっと ここが帰る場所』からわかりやすくなった。人間の人生を正面から見せるようになった。そして『グレート・ビューティー』では、フェリーニばりに老作家を主人公に現代ローマの退廃を見せた。

ところが今回はさらに素直に芸術家の老年に挑んでいる。それも全編英語で、主人公の老作曲家はマイケル・ケイン、友人の老映画監督はハーヴェイ・カイテルが演じ、脇役にジェーン・フォンダまで出る豪華キャスト。

それでも、多くの人々をシュールなくらい舐めるようなカメラで一度に見せる、ソレンティーノの美学は健在だ。今回はスイスの高級ホテルが舞台。泳いだり、マッサージを受けたり、さまざまな療法を受ける金持ちやセレブ達を、時には優雅に時には醜悪にゆっくりと見せる。例によって、心地良い音楽と共に。

老作曲家は、英国の女王の前での自曲「シンプル・ソング」の指揮を頼みに来た使者の依頼を断る。2度目にやって来た時に断った理由は明らかになるが、そのストレートな内容には、終盤の妻のシーンと共に驚いた。

老映画監督は若い男女5人と新作の脚本を準備するが、長年つきあった主演女優(ジェーン・フォンダ)がやってきて、それをぶち壊す。これまたよくある話だ。

その合間に、作曲家が牛たちを見ているうちに音楽に聞こえたり、監督がこれまでつきあった女優たちが一斉に草原に現れたりと、抜群に詩的なシーンも挟み込まれる。

そしてラストの「グランド・フィナーレ」に見事にやられてしまう。ジャ・ジャンクーもそうだが、最近の若い巨匠たちは、人生を正面から捉える勝負に出ているようだ。

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