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2016年2月19日 (金)

『ディーパンの戦い』への違和感

最近は去年のカンヌの話題作をよく見るが、最高賞のパルムドールを取った『ディーパンの闘い』を劇場で見た。見終わって、映画らしい映画を見た興奮を覚えながらも、少し違和感もあった。

物語は複雑だ。スリランカの内戦で偽装家族を装って出国し、フランスにたどり着いた男と女と娘。全くフランス語ができないながらも、ディ―パンという偽名の男は運よくパリ郊外の団地の管理人の職を得る。女は寝たきり老人の世話をし、娘は小学校に通いだす。

前半は彼ら難民が少しずつフランス語を覚えながら、苦しみながら同化してゆく様子を描く。ようやく少しは楽な暮らしができるようになったと安堵していると、彼らが生きている環境が異常なことがわかってくる。そこは麻薬の密売組織が支配しており、女が世話をする老人の甥は移民出身で組織のリーダーだった。

あちこちに銃を持つ男たちが立ち、団地に出入りする人間をすべてチェックする。甥の部屋ではいつも怪しげな会議が繰り広げられる。移民家族の視点からドキュメンタリータッチで描かれる異様な雰囲気は、ある意味で冒頭の内戦よりも恐ろしい。そして銃撃戦が起こり、元兵士のディ―パンは立ち上がる。

難民の最低の生活とパリ郊外の移民社会の絶望的な世界の対峙がドキュメンタリーのような迫真性で描かれ、それが後半にはアクション映画のような世界になだれ込む。マイノリティとして生きる人々の激情の放出はジャック・オーディヤール監督の得意技で、『預言者』も『君と歩く世界』もそうだった。そしてときおり説明を省いたゴツゴツした作りも。

私が違和感を感じたのは、今回のテーマはあまりにも社会性が強すぎて、そのうまさが気になったのかもしれない。とりわけ取ってつけたようなラストがあったので、そう思った。

それにしても、今回の難民を演じた3人は映画初出演というが、それゆえのリアルさがあった。彼らの強い存在感がこの映画を支えている。そして殺伐としたパリ郊外の団地。フランスで暮らす外国人たちの物語は、もうすぐ半年暮らす自分にとっても他人事ではない。

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