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2016年2月 9日 (火)

今頃読むトリュフォーの伝記

何年も前に買ってあった、分厚いアントワーヌ・ド・ベック、セルジュ・トゥビアナ著の『フランソワ・トリュフォー』をようやく読んだ。学生がトリュフォーとジャン=ピエール・レオについて書く卒論を指導しているうちに、読みたくなったが、なかなか読み応えがあった。

いろいろ知らなかったことも多かったが、一番驚いたのはつきあった女性の驚異的な多さだった。映画会社の経営者の娘、マドレーヌ・モルゲンステルヌと結婚して、晩年には『隣の女』に主演したファニー・アルダンと子供を作ったくらいしか知らなかった。

「不実といえば、トリュフォーは常にそうだった。それはドン・ファン的性格だったからというよりも、誘惑したい、愛されたいという欲求があったからという傾向がはるかに強い。こうした「その他の女たち」は生きずりの相手や仕事仲間や外国の記者などだった。そして何よりもまず、自分の映画の出演女優みんなだった」

ファニー・アルダンだけではなく、ジャンヌ・モローもカトリーヌ・ドヌーヴもジャックリーヌ・ビセットもみんなそうで、とりわけドヌーヴへの執着は相当だった。もともと妻と別れてからはいつも1人暮らしだったが、ドヌーヴとは大きなアパルトマンに同居を始める。

「ふたりはお互いに「あなた」と丁寧な言葉で話しつづけ、あまり奇行に走らず、友人たちには品よく節度あるところを見せつける。そしてトリュフォーがこのときほどエレガントな服装をしたことはかつてなかった」「その暮らしのなかでトリュフォーはその生涯では稀に見ることながら、本当に晴れやかな顔をしていたらしい」

2年ほどたって彼女と別れた時は、うつ病になり、1週間入院までする。「幸福感発現剤と鎮静剤を交互に飲みながら、トリュフォーは鬱を克服しようとした」

映画を作るごとにヒットするかはずれるかで自分の会社の経営が大きく揺れるのも、読んでいて大変だなと思った。注文の仕事はなくて、自分からネタを探し、脚本を書いて、自分の会社「レ・フィルム・ド・キャロッス」で製作する。予算が大きい場合はフランスやハリウッドの大会社に出資を頼む。読んでいると、1本当たって2本はずれての繰り返し。

画家や小説家は自分1人のお金や技術で作品を作ることができるが、映画は金額が比較にならないほど大きいし、最低でも何十人という人々と協力しないとできない。彼のように、亡くなるまで1、2年に1本ずつコンスタントに撮れた監督は珍しいだろう。この本には、その努力の跡が克明に描かれている。

そのほか、彼が実は母親が結婚する前に別の男との間にできた子供だったために、祖母の家で育てられたことや、父母との確執、実の父(ユダヤ人だった!)に会いに行くくだりなど、出生も含めて家族関係は複雑だ。だからこそ、あれほど女性を求めたのだろうと思ってしまう。

2段組みで500ページを超すので読むには大変だが、この数日は彼の人生を身近で見た気分になった。

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