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2016年3月31日 (木)

パルで見るアケルマンの遺作

パリで最初に見たのは、ベルギー出身の女性監督、シャンタル・アケルマンの「No Home Movie」(ノー・ホームムービー)。月曜だがイースターの休日で、ほとんどのお店も閉まっている日の朝9時40分の回。上映が終わりかけているので、3館ほどで1日1回の上映を続けており、ポンピドゥ・センター横の映画館もその一つ。

この映画はアケルマンの遺作で、つい最近、東京の恵比寿映像祭で上映していた。東京では行く時間がなかったが、こちらでは大丈夫。それに映画館で見た方がいい。

この監督は数年前にベネチアで見た1つ前の「オルメイヤーの阿房宮」(2010)が素晴らしかった。アピチャッポンはここから来たのではないかというような、森の中の眩暈のする空間があった。

遺作は、かつてのスタイルに戻ってドキュメンタリータッチ。監督自身の認知症気味の老いた母を撮ったもので、ブリュッセルの実家での母親との会話、ニューヨークからの母とのスカイプ、そしてアメリカで撮った光景が混じる。

冒頭は荒涼としたアメリカの風景を固定カメラで捉える。強い風の音と、揺れる木々。しばらくすると家の中の母との会話になる。母の父親がハンサムだったこと、「ユダヤ人と犬は立ち入り禁止」と言われたことなどなど。老人の話で仏語は極めて聞き取りにくい。

そしてニューヨークからスカイプで話す。監督が「これから請求書を書くから、これでさようなら」と言うと、「理由なんて言わなくていいわよ、私はあなたの邪魔をしたくないのよ」。そして手を振りながら「あなたが一番美人よ」

部屋の中の母は、いつも息切れがしたり、咳が出たり。昼間なのに時々寝てしまう。カメラは多くが固定だが、ときおり母を追って部屋の中を動き回る。

老人が見せる究極のリアリズムとアメリカの過酷な自然の対比が、どこかで呼応してポエジーを生む。世界の原点に返ったようなイメージがそこから立ち上がる。シンプルだけど深い映画だった。

15年ほど前から、アメリカを中心にアケルマンをジェンダーの観点から語るのが流行っているが、違うのではないか。むしろロッセリーニ的な映画と世界の根源に迫る映画のような気がする。30年前から見ているが、一度もフェミニズムを考えたことはない。

両親がポーランド生まれのユダヤ人で、ベルギーで暮らしていたが、ナチスによってアウシュビッツに送られた生還者であることも、この映画を見て初めて知った。祭日の9時40分の上映だが、7、8人の観客がいた。東京の2回の上映は超満員で、入れない人が多かったらしいけれど。

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