パリの生活が始まった:その(1)最悪の始まり
飛行機は予定より30分早くパリに着いたので、これはいい出だしと思ったが、そうではなかった。まず飛行機が定位置に着いても、迎えのクレーンのような車が来ない。15分ほど待ったらようやく来たが、これは序の口だった。
いくら待っても、成田からの便の荷物が出てこない。「エールフランス地上職員のストで、荷物が遅れます」とのアナウンスは何度かあったが、1時間少し経ったところで「荷物が出てくる見通しがたたないので、みなさん荷物なしで出てください。後ほどネットで遺失物として申請してください」とのアナウンス。
10人ほどいる遺失物係は取り囲まれて、大騒ぎに。「ここでみなさん全員に申請してもらうと何時間もかかるので、ホテルやご自宅からネットで申請してください」
私はすぐにあきらめて、タクシーに乗った。本来ならアパートに着いている時間なので、待っている大家さんの携帯に電話したら、「ご心配なく」と優しい声。
アパートに着いて、入口のコード番号を押していると、大家さんが向こうから開けてくれて「ようこそ」。オンデさん(恩田さんではない)という名前で、40前後のいい男。やたらに親切で耳にピアスをしているから、ゲイかもしれない。職業は舞台俳優とのこと。鍵をもらったり、スイッチを教えてもらったりしながら、家具の一覧表を確認した。
「ナイフは6つ、ワイングラスは6つ」とかやった後に、サインをした。大家さんが出て行った後に、パソコンを取り出してネットに接続しようとしたが、どうも教えてもらったパスワードが間違っているようだ。とにかく一刻も早く申請して、荷物が欲しい。
お腹もすいてきたので、パソコンを持って、近くのレストランへ。最初に行ったベトナム料理は、WIFIがないとのことで、次に賑わっているビストロに行った。そこにはなぜか日本語のできるゲイの店員がいて、親切極まりない。ステーキをワイン500mlで流し込みながら、ネットで申請をした。
酔っていたので、本当にちゃんと住所を書いたか、翌朝になって心配になってきた。まあ携帯の番号を書いているので、どうにかなるだろう。とりあえず、下着を買いに行った。
丸一日たっても、まだ荷物は来ない。このままだと3日間も同じ服を着ることになる。今後エールフランスは乗るのはやめるかもしれない。
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