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2016年3月20日 (日)

天才の軌跡:「カラヴァッジョ展」と「MIYAKE ISSEY」展

「やはり天才は違う」と思ったのが、6月12日まで国立西洋美術館で開催の「カラヴァッジョ展」と国立新美術館で6月13日までの「MIYAKE ISSEY展」。この2人を比べるなんて非常識とは知りつつも書く。

「カラヴァッジョ展」は日本では2001年に東京都庭園美術館で開催されたのが最初だと思うが、もう2度とないと思っていた。ところがカラヴァッジョの真筆は確か7、8点だった前回を上回り、今回は12点もある。世界に60点ほどしかないというのに。

今回思ったのは、この画家はヤバいということ。特に少年を描いたものに狂気が感じられる。《トカゲに噛まれる少年》(1596‐97)の少年の表情は尋常じゃない。そしてはみ出た肩がエロチック。口は小さく耳の上に白い花。

《果物籠を持つ少年》(1593‐94)の細密画のような果物とちょっとぼんやりした感じの流し目の少年の対比。そして圧巻は頭にブドウの葉を飾った《バッカス》(1597‐98)。これはまるで芸者のようで、乳首まで見せている。

そのほかもちろん後期の《エマオの晩餐》(1609)などの光と影のドラマもいいけれど、やはり前半の3点はカラヴァッジョならでは。彼が殺人を犯したり、食堂で揉めた時などの裁判記録なども現物があっておもしろい。食堂で「アーティチョークにかけてあるのはバターかオリーヴ油か」と聞いて、「見りゃわかりだろ」と言ったシェフに切りつけるなんて、やはり狂人だ。

「MIYAKE ISSEY展」は、最初は細長い部屋に1970年代の作品が並んでいる。最初からすごいなと思いながら次の80年代のシリコンのボディに着せられたシンプルな布を見た。ところが、次の部屋に入ったとたん「あっ」と声を出した。

残りすべての空間を大きな部屋にして、10か所くらいでその後のさまざまなシリーズが展開されている。中にはプリーツを織っている機械もあって実際に作っていた。見ていると楽しくなっていつまでもいたくなる。イッセイのお店に売っている商品なんて、ほんの一部でしかなかったのだ。

実はオープニングに行ったが、フランスの元文化大臣のジャック・ラングとか中田英寿とか小泉進次郎とか有名人がたくさんいた。三宅さんとはかつて田中一光展をやった時にいろいろあったが、これはまだ書けない。

前にここに書いたように、今の東京ではボッティチェルリ展もやっているし、わざわざパリに行かなくても何でも見られるのだと、改めて思う。

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コメント

こんにちは。
私もカラヴァッジョ展を見てきましたので、興味を持って読ませていただきました。劇的な明暗法によって浮かび出る人物表現と「光と影」の自由な感動的表現、伝統的な表現を一新させた斬新さ、リアリティーのある絵画表現、どんな場面にも美しさが潜ばせる独特の美意識などカラヴァッジョの作品魅力に翻弄されました。

今回のカラヴァッジョ展からカラヴァッジョの絵画の魅力と、なぜカラヴァッジョが美術史を塗り替えるほどの影響力を持ったのかを考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。

投稿: dezire | 2016年5月24日 (火) 21時07分

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