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2016年3月 5日 (土)

美術以外の展覧会:その(1)「キューバの映画ポスター」展

最近は美術以外の展覧会が美術館で開催されることが増えた。もともとミュージアムMUSEUMという英語=ラテン語は「博物館」であって、「美術館」は日本でしか通用しない。もともとミュージアムには何でも展示していいはず。

フィルムセンターで3月27日まで展示される「キューバの映画ポスター」展は、それでも「美術」という観点から見たくなる内容だった。なぜなら、1枚、1枚のポスターがあまりに芸術的だったから。これでポスターの告知機能を果たしているのかと心配になるくらい。

まず、キューバ映画のポスターが並ぶ。見た映画で言うと、『ルシア』(68)は極彩色でまるでゴーギャンの絵みたい。派手な3人の女の顔が並ぶ。ウンベルト・ソラス監督の、白黒の暗い話だった記憶があるが。

トマス・グティアレス・アレア監督の『天国の晩餐』(79)はキューバ革命や米国の介入を扱った政治的な風刺映画だったが、ポスターは貴婦人のポートレートで、大きなネックレスに痩せた両手を交差し、顔は口までしか映らない。カラー映画だったが、ポスターは黒一色。

この調子が外国映画になっても同じ。まず、『座頭市兇状旅』(63)では座頭市が歌麿の版画の役者絵みたい。キューバでは座頭市シリーズが16本も公開されていて、これは海外では一番多いらしい。カストロ将軍もこれを見て、米国への憎悪を高めたかもしれないなどと考えると楽しい。

一方で色彩を絞ったポスターも多い。大島渚の『少年』(69)は、白黒のみで上半分は大きな車、下にはうずくまる少年の写真を、極端に荒らした画像で使っている。中央は題名の白抜き。これは原作の雰囲気を伝えた傑作だろう。しかしこのポスターを見て、キューバの人々は映画を見たいと思ったのだろうか。

アメリカ映画やフランス映画のポスターもある。ヒッチコックの『鳥』(63)なんて、青の背景に横に黄色い線が3本と上にオレンジの帯があるだけで、ほとんど抽象画にしかみえない。よく見ると小さく鳥のような形も見えるが。鳥の写真の出てこない『鳥』のポスターは、世界でどこにもないのではないか。

というよりも、ポスターにスチール写真をほとんど使っていない。使うときは荒らしたり、加工している。つまりポスターの作り手たちは、映画を見た後に、自分の印象を創造物として表現したのだろう。資本主義ではないので、映画会社の宣伝部なんかなくて、やりたい放題だったのだろう。

80ページを超す分厚いカタログも見事。そこにはキューバのあちこちに調査に行った研究員の写真もあるが、何となく最後の天国に見えてきた。ああ、キューバに行きたくなった。

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