パリの生活が始まった:その(2)エールフランスと戦う
昨日書いたように、預けた2つのスーツケースが出てこなくて、言われた通りにネットで申請した。ところが、仮受付番号がメールで来たのみ。これでは荷物の追跡ができなかった。本受付番号は後日メールで送ると書かれているが、翌日1日待っても来なかった。
住所も伝えたのでいきなり荷物が来るかもと思って、アパートに閉じこもってメールをチェックしながら待った。さすがに夕方になって、エールフランスの荷物サービスに電話したが、仮受付番号ではわからないの1点張り。預ける荷物のタグの番号でどうして追跡できないのかと迫ったが、なぜかファックスで詳細を送るか、空港に来て申請をしろとのこと。
そもそも着いた時に空港で申請せずに、ネットで申請しろといったのは、エールフランスの職員である。ネットで申請して正式な番号が出ないのは、エールフランスの責任である。そう言ったが埒が明かないので、電話の後に日本のエールフランスのHPでクレームのページを開いて、これまでのことを書いた(なぜか英語で書かされた)。
荷物なしで2晩過ごした朝、5時に起きた。空港に突撃する気分。ちょうどその頃、日本のカスターマーサービスの責任者の個人名で謝罪のメールが来た。そこで、9時に空港に行くから、荷物を用意して待つように指示を出すよう頼んだ。
さて8時半に空港に着いたが、エールフランスの一般にオープンの窓口はチェックインや発券しかやっていない。出発と到着のロビーを2往復くらいして、ようやく到着ロビーの片隅で荷物サービスの入口らしき場所を見つけた。戸は完全に閉まっていたが、そこの電話を取って話すと、戸を開けて荷物受け取りの場所に入れてくれた。
そこの荷物サービスの窓口で経緯を話すと、荷物タグの番号をコンピューターに入力したら、私のスーツケース2個の写真が出てきた。ここに持ってくるよう手配するという。なんだできるじゃないかと思ったが、ネットで申請したのになぜ登録できなかったのか聞いてみた。
当日は何百人という数を仮番号から正式な番号に付け替える作業をしたが、何名分かは漏れてしまってデータがなくなったようだという。それも信じられないが、どうして電話した時に、荷物タグの番号で追跡してくれなかったのかと迫ると、担当の女性はとにかく謝る。
しまいには責任者と名乗るゲイのおじさんも出てきて謝った。規定により22ユーロ出すというから、そんなものじゃ足りないと怒った。ちなみに日本のエールフランスから、パリ空港に私の荷物を探すよう指示したという4時間前のメールをスマホで見せると、メールは空港のどこかに届いているかもしれないが、現場には届いていない。こんなメールはチンプンカンプン(仏語では「中国語だね」c'est du chinois)と言った。
荷物を持って家に帰って、日本のエールフランスのカスターマーサービスの責任者宛に、3日目の対応も含めてこれまでの経緯を再度送り、どう対応してくれるか返事を待つと書いた。あんた達は「チンプンカンプン」と言われているとも。その返事はまだ来ていないので、次に書く。
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