「映画的」な小説『沈黙の町で』
小説はめったに読まないが、神戸を往復する用事があって、新幹線で読もうと買ったのが奥田英朗著の文庫『沈黙の町で』。本屋で見つけて、なぜか「これはいい時間つぶしになる」と思った。
北関東のある中学で、2年生の祐一が転落死する。その死因をめぐっての物語だが、何とも「映画的」だと思った。その理由は、まず冒頭に死体が出てくること。これはフィルムノワール映画で多い、「着いた時には死んでいた」DOA=Death on Arrivalのパターン。
フィルムノワールだとこれにナレーションがかぶさる。例えば『サンセット大通り』(1950)では、プールに浮いた死体が「自分が死んだのは」と語り始めるが、普通は刑事が現れて「今回の依頼は」と語る。
この小説の死体発見者は、国語教師の飯島。そして次に警察に移り、刑事の豊川が事件を知らされる。次は全国紙の支局勤務の女性記者高村の携帯が鳴る。それから死んだ生徒の友人市川の母は夜にテレビで事件を知って、凍り付く。再び刑事たち。
これが「1」で約30ページ。これが「26」まで続いて、事件の真相が少しずつ明らかになる。「25」までは、まるで映画のカメラのように、10名ほどの視点を順々に追いかける。ときおり事件前の過去にも戻りながら。
カメラが寄り添うのは、教師の飯島、刑事の豊川、記者の高村、検察の橋本、容疑者とされる4人の少年の母親たち、祐一の母、被害者や容疑者と同級生の朋美。死んだ本人はもちろん、事件の核心となる容疑者4人もあくまで外から見えるだけで、内面は語られない。
そのうえ、捜査が進むにつれて、祐一が学校でいじめにあっていたことが明らかになる。4人のうち14歳の2人は傷害容疑で逮捕され、13歳の2人は児童相談所に送られる。数日で釈放されるが、警察と検察の捜査は続き、祐一の母も容疑者の4人の母も気が気ではない。学校はうろたえてばかり。
祐一の家は有名な呉服店で、いつも自分だけ高そうな服を着ている。同級生は気の弱い祐一にたかり、祐一はみんなに好かれようとそれに応じる。いかにも地方でありそうな図式だけど、なんともリアリティがある。そして母たちの心配や不安は読んでいていたたまれないほど。「視点」を見せる人物には悪者はいない。嫌な感じで描かれるのは、弁護士とか祐一の叔父とか「視点」を持たない人々のみ。
最後に「26」で事件の瞬間が描かれるが、それまでに読者にはほぼ真相がわかっている。1枚、1枚、サスペンスたっぷりに皮をはぐように近づいていくから。
読みながら、映画『ソロモンの偽証』を思い出した。こちらの宮部みゆきの原作を読みたくなった。さて『沈黙の町で』の映画化は進んでいるのだろうか。簡単そうで、かえって難しい気もする。
そういえば、自分は子供の頃、祐一のような「おぼっちゃま君」をいじめる代表選手だったことを思い出した。実は私はいじめっ子だった。
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コメント
リアルで詳細な記述の完成度の高い小説でした。
登場人物の一人ひとりの性格や心理を描き分け、
惹きつけて離さない物語に仕上げた筆力に驚嘆でした。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。
投稿: 藍色 | 2016年12月 6日 (火) 11時59分