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2016年3月19日 (土)

『裸足の季節』のみずみずしさ

「みずみずしい」という言葉がぴったりの佳作を見た。6月公開のデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンの初監督作品『裸足の季節』。1978年生まれのトルコ出身の女性監督だが、フランスを中心に活躍しているという。

映画はトルコの地方の村が舞台。13歳から20歳ほどの両親を亡くした5人姉妹の結婚をめぐる話を描く。時々ナレーションの声が聞こえ、視点の中心となるのは、末娘のラーレ。

彼ら5人を育てているのは、祖母。そして同居する叔父が、姉妹の教育や結婚に厳しく口出しをする。最初は5人が男の子たちと海で騒いでいたのを、近所のおばさんに告げ口される。叔父は慌てて上の娘たちを病院に送り、処女検査をさせる始末。

祖母は不安になって、派手な服やアクセサリー、パソコンなど「不埒なもの」を捨て、地味な色の服を着せて、料理を学ばせる。それでも姉妹たちは抵抗を重ねる。

いろいろあって、上から二人の姉が結婚したあたりからラーレの本格的な戦いが始まる。そしてそれは思わぬ結末につながってゆく。

全員が長髪の姉妹たちが、素直で何ともかわいらしい。彼らが集まって互いに手を握ったり、体を擦りつけあったりするシーンが何度かあるが、ほとんどロリコンになりそう。手持ちカメラは、まばゆい光の中でしなやかな彼女たちの体を優しくとらえ、穏やかな音楽と共に至福の時間が流れてゆく。

幸福な気分で見終わると、これが実はトルコ社会への痛烈な批判だったことに気がつく。優しい映画のように見えながら、強い社会性を放っている。

第一回作品ならではのみずみずしさと痛みの表現から、『大人はわかってくれない』を思い出した。もちろんトリュフォーの映画のように、反社会的なメッセージは一見目立たないけれど。


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