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2016年4月29日 (金)

『舞踏会の手帖』の日々:その(2)

新聞社の文化事業部時代にも、パリにたくさんの友人ができた。若かったせいか、90年代に出会った人々の方が、2000年代よりも深い付き合いをしている。なかでも格別なおばさんが2人いる。

1人は私より15歳ほど上の元東京日仏学院長マリ・クリスチーヌさんで、もう1人はポンピドゥ・センターやオルセー美術館に勤めていたニコルさん。こちらは10歳ほど年上。

マリ・クリスチーヌさんとは、1995年の映画百年の仕事で会った。彼女は当時は外務省の映画部長だったが、それから東京にやってきた。98年のフランス年に一緒に企画した「アニエス・べーは映画が大好き」を始めとして、喧嘩しながらも何度か仕事をした。

前にも書いたように私はフランスから勲章をもらったが、それはこの女性が頼んでもいないのに1人で動いたから。自分が日本で実績を残したしたことを周囲に言うために、帰国後日本人の友人に勲章を出した感じもするが。彼女はオリンピックを始めたクーベルタン男爵の直系でもあり、とにかく人脈がすごい。

ニコルさんも「パリの文化人の電話帳」と言われるくらい、人脈が広い。彼女に聞けば、誰でもすぐに携帯とメアドを教えてくれる。彼女は96年の「ポンピドー・コレクション展」の時の交渉窓口だった。ちょっと癖のある性格だけれどみんなに愛されていて、とりわけアジア人にウケる。

フランスはだいたい65歳定年なので、もはや2人とも年金生活。ところが相変わらず仕事ばかりしている。マリ・クリスチーヌさんは、女優のエマニュエル・リヴァが『二十四時間の情事』の時に撮った写真の本を日仏両方で出したり、黒沢清の本をフランスで出版したりしている。

ニコルさんは、ポンピドゥ・センターが中国や韓国で5年間限定の分館を作る仕事を始めとして、フランスの国立美術館の海外との連絡役の仕事を続けており、そのために会社まで作ったという。

映画と美術と分野は違うが、この2人は大の仲良し。マリ・クリスチーヌさんはかつてポンピドゥ・センターにいたこともあるが、どうも小さい頃から知っているらしい。だから私がパリに行くと、この2人と一緒に会う。

今回も一緒に食事をしたが、私を呼び出しておいて、全く私の話を聞いていない。途中からは自分の近況を必死で話している。実を言うと2人とも早口のせいもあって、半分近くは何の話かわからないが、私はそれをニコニコしながら聞いている。だからいつまでも友人でいられるかもしれない。

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