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2016年4月24日 (日)

ジャン・ギャバンの肖像

シネマテークでジャン・ギャバン特集が開かれており、なんとなく空いた時間にジャン・グレミヨンの『曳き船』(1941)とジャック・ベッケルの『現金に手を出すな』(1954)を見た。ジャン・ギャバンへの個人的な思い入れは特にないが、やはり尊敬のようなものはある。

思い出すのは、ジャン・ルノワール監督の『牝犬』(1931)の偏執狂的な姿と、同じ監督の『フレンチ・カンカン』(1954)の初老のかっこいいオヤジの姿。60年代以降は、アラン・ドロンと共演した『地下室のメロディー』(63)などあるが、どうもギャバンが老い過ぎて無理に若者と演じているようで痛々しい。

グレミヨンやベッケルといった監督は、ルノワールやその後のヌーヴェル・ヴァーグに隠れてフランスでもあまり目立たない。ところが、たまに1本を見るとその映画的な迫力にビックリする。『曳き船』は何といっても、あの港町がすごい。大雨が降り、風が吹く。その中を船もギャバンもどんどん進む。その神秘的なほどの破壊力といったら。

ギャバン演じる船長の人妻(ミシェル・モルガン)への恋愛も、どこか不可解だ。自然の音を最大限に活用する雑音の力はルノワールに似ているが、ほとんど無意味に家庭を壊している感じはルノワールにはない。グレミヨンに比べたら、ルノワールはずいぶん人間的でまとまりがいい。

『現金に手を出すな』は『フレンチ・カンカン』に似てギャバンが経験豊かないい感じの初老の男を演じるが、違うのはその現役感。『現金に手を出すな』ではあくまで物語の中心にいて、絶対に勝ち続けるヒーローだ。何を考えているか周囲にはわからないが、たった一人で考えて迷わず突き進む。

結果としては最後の大芝居で得た金塊を手にできないけれど、負けても勝った感じのギャバンはひたすらかっこいい。美人の外国女性とニコニコして座っている。そういえば、後半になぜか少しだけギャバンの心の声がナレーションで聞こえたが、これが良かった。

この絶対的な強さは、日本だと市川雷蔵か。ただ世代的には、坂東妻三郎とか長谷川一夫だろうけど、ジャン・ギャバンを彼らのような時代劇のチャンバラの俳優と比べるのは難しい。いずれにしても、ギャバン特集は年配の客がびっしり。ちなみにフランス人の発音は「ギャバン」よりも、「ガバン」に近い。それを言えば、「ベッケル」ではなく、間違いなく「ベケール」だが。

この半年に日本には来ないような新作を見るべきか、シネマテークでしか見られない旧作を見るべきか、自分の中でまだ決めていない。いつも思いつきで、多くの場合その日の朝に決めている。そんな気楽な毎日が過ぎてゆく。

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コメント

ジャン・ギャバンとジャン・ルノワールのコンビ作は、「どん底」「大いなる幻影」「獣人」「フレンチ・カンカン」の4本。「牝犬」の主演は、ミシェル・シモン。間違いは誰にでもあるが、「牝犬」は「SCARLET STREET」として、「獣人」は「HUMAN DESIRE」としてアメリカ時代のフリッツ・ラングによってリメイクされている事を思うと、ルノワールの全作品上映とフリッツ・ラングのドイツ時代の作品の上映をキャリア実績とする古賀氏にしては、あまりにもお粗末。
 また、ジャン・ギャバンと市川雷蔵の比喩も不可解だ。雷蔵は37歳で没しており、永遠の青年のイメージ。ギャバンの貫禄たっぷりの老年期を知る者には、違和感が強い。せめて、「地下室のメロディー」の翻案時代劇「御金蔵破り」で原典のギャバンに当たる役を演じた片岡千恵蔵あたりを言及するのならまだ納得もいく。ただ、千恵蔵の後期の作品を見ると、その明るい個性ゆえか、重厚でありながらコミカルな味付けもあり、ギャバンのイメージとは必ずしも合致しないように思える。「ギャンブルの王様」等のコメディでのギャバンの演技と比較すれば、お互いの資質も分かるかもしれない。フランス映画に詳しい映画学教授の古賀さんに、御教示をお願いしたいところだ。
 最後に、ジャック・ベッケルの「肉体の冠」は80年代にフランスで選出されたフランス映画史上のベストテンに選出されており、日本でも、1996年にアキム・コレクションの1本として、丸の内シャンゼリゼで上映されている。、「穴」や「生活の設計」、ジェラール・フィリップ主演の「モンパルナスの灯」も、90年代以降にリバイバル上映された。グレミヨンはともかく、ベッケルは日本では巨匠として評価されているように思う。

投稿: heikichi1959 | 2016年5月14日 (土) 07時41分

一箇所訂正です。「生活の設計」はエルンスト・ルビッチ。ベッケルは「幸福の設計」でした。

投稿: heikichi1959 | 2016年5月15日 (日) 00時24分

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