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2016年4月11日 (月)

「クレー」展から「キーファー」展へ

ポンピドゥ・センターで「アンゼルム・キーファー」展が4月18日まで開催と聞いて慌てた。キーファーは、池袋西武にまだ「セゾン美術館」があった頃の1993年に個展を見て感激したが、それ以降はほとんど見ていない。もう終わった人かと思っていたら、大間違いだった。

行く前に調べると、4月6日からは「パウル・クレー」展が始まる。同じ料金で両方見られるとわかって待った。チケットを前日にネットで買っていたので、開館の11時に着くとほぼ並ばずに入れた。

こちらではQRコードが普及していないので、前売り券は自宅でのプリントアウトが必要。日本でエプソンのプリンターを約2万円で買って持ってきたが、これが大正解だった。

まず、クレーから見る。この画家は東京国立近代美術館で個展を見たので、だいたいわかっているつもりだったが、展覧会のテーマが「アイロニー」と書かれていて、ちょっと意外に思った。最初は風刺画のようなデッサンが並ぶ。確かにアイロニー=皮肉だらけ。

それからキュビスム、構成主義、ピカソなどとの出会いが次々に訪れる。そして後半はヒトラー政権ができて、スイスのベルンに逃げてからの作品。考えてみたら、これをアイロニーと言わずして何と言おう。何とも痛ましい抽象画が並ぶ。

ナチスと画家のことを考えていたら、次に見た「キーファー」展も1960年代末から活躍した美術作家なのに、またナチスが出てきた。

1970年代からの大きな絵の多くは、第2次世界大戦中のドイツの過去を暴き出すものだ。ナチスの建築やユダヤ人収容所を思わせる絵の数々。髪の毛や藁などを張り付けたものもある。

《世界の知の道》と題された1970年代半ばの絵には、ドイツの偉大さを讃えてきたきた18世紀から20世紀の詩人や作家の顔が名前と共に描かれている。リルケ、ヘルダーリン、フヒィテ、ハイデッガーなどの顔が黒い地に白く浮かび上がる。

もともと固有名詞は多い。ポール・ツェランに捧げられた《夜の穂》という紙や植物を張り付けた絵には、上の方に書かれているのはツェランの詩。あるいはジャン・ジュネに捧げられた写真やセリーヌに捧げらた本を使った作品。一番最後にあった巨大なインスタレーションは、ちょっと記憶が危ういがセヴィニエ夫人に捧げられたものではなかったか。

ガラスケースに入ったインスタレーション作品の部屋もあった。こうなるとヨゼフ・ボイス直系という感じ。この美術作家は、ドイツの暗い歴史に分け入っていくうちに、いつの間にか核実験や原発など21世紀の人類の問題にまで達しているようだ。

フランスでドイツ的な思考がどの程度普及しているかわからないが、少なくともこの2つの展覧会は「ドイツ精神」への大いなるオマージュだった。帰りのバスで、さて「日本精神」はと考えたら、暗くなった。

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