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2016年4月18日 (月)

『舞踏会の手帖』の日々:その(1)

1937年のフランス映画に『舞踏会の手帖』というのがあった。私は80年代前半の学生時代に福岡で見たから、その頃でもプリントが全国に出回っていたのだろう。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、マリー・ベル主演で、夫を亡くした中年女性が、若い頃に自分の両親が開いた舞踏会に来た男たちを、芳名帳を手がかりに訪ねてゆくという話。

長らく見ていないので記憶は怪しいが、今回パリに来てふと『舞踏会の手帖』を思い出した。昔の記録や記憶を頼りに旧友に再会するというのは、まさに今私がやっていることだから。

私の場合、パリの友人は大きく2つに分かれる。32年前に留学した時の学生仲間と、新聞社時代に一緒に仕事をして仲良くなった人々だ。懐かしいと言えばもちろん前者だが、今でも連絡を取り合っている友人は少ない。

今回、たぶん28年ぶりくらいに会ったのが、イギリス人のアドリアン君。パリ第7大学の同級生で、強い英語なまりのフランス語を話していた。その大学では、彼と私に韓国人のリムと、ドイツ女性のスザンナ、ギリシャ女性(名前が思い出せない)に外国人好きのフランス人のセルジュなどが仲間だった。

セルジュはフランスにいたこともあり、コンタクトを続けていた。スザンナは25年くらい前にボンに出張した時に会ったきりだが、「ドイツ的な生真面目さ」でクリスマスカードやメールでのやり取りをしていた。今年の初め頃、ネットを検索していたら偶然にアドリアンの名前が出てきた。ソルボンヌ大学英文学講師だから、たぶん間違いない。

メールを出すと、やはり彼だった。そこで今回会うことにした。現れた時、髪の毛がかなり後退していたので「老けたな」と思った。ところが話し出すと、昔と全く変わらない。彼は大学を出てパリで英語の個人教師をしていたが、ある時思い立ってソルボンヌの大学院に行き、博士号を取ったという。

数年前から北仏のアラス大学の教授になり、週に2日、パリから通っているとのこと。子供は5人。それでも話していると、昔と全く変わらない。「あの頃は、誰も将来の心配なんかしてなかったよね」「それでもどうにかなった。セルジュは高校の教授だし、リムも韓国で仏文学教授という噂を聞いた」「みんなプロフェッサーだね、ハハハ」

アドリアンは自分の子供も含めて、今の若者はかわいそうだという。「普通にやっていたら、仕事がないのが当たり前の世界になった」。「われわれは本当に、なーんにも考えてなかったよね」

「でもフトシは一番野心があった。ゴダールの本を書くと言っていた」「おお、恥ずかしい」「で、書いたか?」「ハハハ、書いてない。もっと優秀な日本人がいっぱい書いたからね」

映画の『舞踏会の手帖』は、訪ねてみるとかつて金持ちでカッコよかった男たちがみんな落ちぶれているという話だが、私が再会する人々はだいぶマシのようだ。そもそもみんな昔からさえなかったので、その割にはがんばっていると言うべきか。そして人生は続く。

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