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2016年5月20日 (金)

31年ぶりのカンヌ:その(6)

10年前ほどできた「カンヌ・クラシック」という部門がある。古い映画のデジタル復元版や、映画史に題材を取ったドキュメンタリーを上映する。毎年、日本映画も上映されて、今年は先日書いた『雨月物語』とアニメ『桃太郎 海の神兵』。このセクションの「フランス映画への旅」というドキュメンタリーが抜群だった。

監督はベルトラン・タベルニエで3時間10分。『田舎の日曜日』(1984)や『レセ・パセ 自由への通行許可証』(2002)などで知られる監督だが、本国では映画評論家、映画史家としても名高い。一般には有名な映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』派ではなく、敵対する『ポジティフ』派と目されている。

そんな彼がどんなフランス映画史を語るのか、ヌーヴェル・ヴァーグをどう扱うのか、興味があった。蓋を開けてみると、あくまで個人的な偏愛する監督や俳優、脚本家、音楽家などについて語ったもので、その意味ではマーチン・スコセッシ監督の『私のイタリア映画旅行』に近いかもしれない。

6歳で見たジャック・ベッケルの『最後の切り札』(1942)から始まって、ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』(1937)。それからルノワール映画の魅力を語る。『ランジュ氏の犯罪』『獣人』『ゲームの規則』などの名シーンがたっぷり引用される。

問題はこの後で、タベルニエはルノワールを人間的に許せない人が多いことを実名で語り、その一部のインタビューまで見せる。ルノワールはアメリカに渡る時に友人たちを集めて「ペタン政権が正しいことをアメリカに教えるため」と言ったとか、大画家ルノワールの息子がアメリカの市民権を取ったのは後ろめたかったからだ、とか。

ルノワールは人を喜ばすためによく嘘も言ったという。だからトリュフォーとリヴェットのインタビューにも間違いが多い。彼はロケばかりしたと言っているが、多くはスタジオ撮影であるとか。それでもルノワールを許せるのは戦後フランスに戻ってきて『フレンチ・カンカン』などの傑作を作ったから。

それから今度はジャン・ギャバンの話になる。戦後のギャバンは言いにくいセりフや嫌な場面があると、切るように命じたという。それから脚本家の話になり、アンリ・ジャンソンやジャック・プレベールを礼賛し、マルセル・カルネは脚本が書けないが、彼らに助けられたという。

それから話は映画音楽家に移る。モーリス・ジョベールやジョゼフ・コスマのすばらしさ。ジョベールはトリュフォーがいなかったら、完全に埋もれていた。1940年代から60年代半ばまでのフランスの映画音楽は世界一ではないか。

そしてなぜか俳優のエディ・コンスタンチンに行く。ゴダールの『アルファビル』まで。それからエドモン・T
・グレヴィユという日本でほとんど知られていない監督についてえんえんと語る。

ジャン=ピエール・メルヴィルの弟子になった話。彼の紹介で、プロデューサーのボールガールの元でゴダールの『軽蔑』『気狂いピエロ』、ロジエの『アデュー・フィリピーヌ』などの宣伝を担当したこと。それからクロード・ソーテの助監督になったこと。

この映画はメルヴィルとソーテに捧げられているが、これまでのフランス映画の見方を十分に覆してくれる。ある意味で珍品だが。DVDが日本で出たらいいのだが。

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