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2016年5月 3日 (火)

『舞踏会の手帖』の日々:その(3)

仕事で出会った友人の中には、有名人も何人かいる。映画評論家のジャン・ドゥーシェさんと往年の大女優、フランソワーズ・アルヌールさんはその代表だろう。アルヌールさんは日本だと、『ヘッドライト』『フレンチ・カンカン』『牝猫』などで有名。

ジャン・ドゥーシェさんはゴダールたちと同世代のヌーヴェル・ヴァーグの評論家で、『パリところどころ』(1965)などの監督作品もあるが、映画評論家としてまさに大御所的存在。87歳の今も元気にあちこちで講演をしている。

最初に知り合ったのはドゥーシェさん。女友達のマリーさんが日本映画通のウィリアム君を紹介してくれ、彼からドゥーシェさんを紹介された。最初に会ったのはたぶん1986年で、料理が得意のウィリアム君の家だったと思う。

それから、1991年の山形ドキュメンタリー映画祭に審査委員長として招待することになり、私が連絡役をした。彼が東京に着いたのが東京国際映画祭のクロージングの日だったので、一緒に参加してそこで会った蓮實重彦氏に紹介して、夕食を共にした。

その次は、1996年のフィルムセンターのジャン・ルノワール全作品上映のシンポジウムに招待した。その後に東大の小津シンポに招待されて来たし、2006年の溝口健二没後50周年の国際シンポジウムにも来てもらった。

アルヌールさんは、フィルムセンターのルノワール上映の時に、誰か女優がいないかとドゥーシェさんに相談したところ、紹介された。最初にパリで夕食した時は、本当に緊張したけれど。

アルヌールさんは、来日中にほとんど一緒にいたので、仲良くなった。大女優なのに実に気さくで、叔母さんという感じ。私がパリに行くときも、ドゥーシェさんは忙しくて会えない時もあったが、アルヌールさんはいつでも会って食事をともにした。

いつも彼女は行きつけの気さくなビストロを指定した。お店の方も彼女のことをよく知っていて、だいたい彼女のテーブルは決まっている。そんなビストロに行くと、本当に親切に扱ってもらえる。

今回、彼女のアパートのすぐ近くのビストロに行った。今年84歳だが元気バリバリで、彼女は鯛のロースト、私はズッキーニの挽肉詰めを頼んだ。おいしかったし、柔らかくて食べやすかったので、すぐに食べてしまったら叱られた。「早く食べるのはよくない。体に悪いし、一緒に食べている私に失礼だし、ゆっくり味あわないとお店にも悪い」。ほとんど母親のノリだが、考えてみたら84歳なので母とほぼ同じだった。

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