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2016年5月17日 (火)

31年ぶりのカンヌ:その(4)

「トニ・エデルマン」についてバラエティ番組のようだと書いたが、コンペのフランスのブルーノ・デュモン監督の「マ・ルート」もカリカチュアを通り越したギャグの連発だった。20世紀前半の北フランスを舞台に、ファブリス・ルキーニ、ジュリエット・ビノシュ、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキらの芸達者たちが怪演を見せる。

フランスの田舎の残酷さや愚かしさを露悪趣味的にさらけ出し、金持ちの娘と漁師の息子の恋愛を生な感じで描く。北フランスの荒涼とした風景やカニバリズム的要素も含めて、コメディなのにリアルな物質感をあちこちに感じる。しかしながら、漁村を馬鹿にしたようなユーモアは不愉快でもあったし、プレスの観客が笑うほどには楽しめなかった。

コンペに出ている同じフランス映画の時代ものでも、女優ニコル・ガルシアが監督した「石の病」は、ストレートな直球で女性の恋を描く。マリオン・コティヤール演じるガブリエルは夫と共に息子を連れてリヨンの音楽院に向かう。そこから過去が蘇る。

彼女は南仏の田舎で暮らしていたが、小さい頃から自分の感情に素直なあまり、周囲に軋轢を起こす。心配した両親はスペイン移民のホセと結婚させるが、彼女の性格は治らない。体に石があるからスイスで治療するように言われてサナトリウムで過ごす。そこで運命の男(ルイ・ガレル)と出会う。

女性の視点から極めて丁寧に撮影されているうえ、ガブリエルの衣装を始めとして美術も美しい。愛のきっかけとなるチャイコフスキーのピアノ曲の使い方も見事。見ていて息が詰まるほどだったが、全体にちょっと大時代がかっているかもしれない。

しかし「マ・ルート」や「垂直のままで」のような一種ふざけたタイプのフランス映画を見た後では新鮮だった。考えてみたら、この映画もセックスが大きな役割を果たす。

コンペのジェフ・ニコルズ監督「ラヴィング」は、1950年代から60年代にかけてのアメリカが舞台。白人でありながら黒人女性と結婚したラヴィングの苦難の人生を描く。よくできたハリウッド映画だが、なぜこれがコンペかは全くわからなかった。

いつの間にか、カンヌも真ん中を過ぎて後半戦に来た。まだまだカンヌには慣れない気分だけど。

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