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2016年5月31日 (火)

スペインとポルトガルの新鋭

スペインやポルトガルの若手の作品というのは日本ではなかなか見られないが、これが実にいい。フェデリコ・ベイロヒという若いスペインの監督の「神と私の母と私」Dieu, ma mere et moi(原題はEl apsostata=背教者)を見た。30歳近くなった永遠の青年の彷徨を描いたもので、悪くない。ナンニ・モレッティのような馬鹿正直のユーモア勝ちというか。

マドリッドに住むゴンザロは、ある時キリスト教を捨てる決意をして、教会に向かう。理由は洗礼の時に自分の意見は聞かれていなかったというもの。

それから、背教者となる権利をめぐって、教会や裁判所ともめる。その合間に従妹で同棲する女性がいたり、同じアパートのシングルマザーと仲良くなったり、バスの中で年上の女に誘惑されたり。このジコチューの幻想ぶりもモレッティに近いかも。

基本的には、自分の生き方を探すインテリ青春映画。だけど、教会で裸の中年男女に取り囲まれる夢を見たり、牧師たちがカリカチュア的に描かれていたり、ある種のブニュエル的な反宗教的ブラックユーモアの味わいがある。

「背教」ということがテーマになることは、フランスではありえない。モレッティやベロッキオのイタリアか、ブニュエルやアルモドバルのスペインでしかない。この軽さといい、今後期待が持てる監督ではないか。

ポルトガルのジョアン・ニコラウ監督の2作目の長編「ジョン・フロム」John Fromはぶっ飛んでいる。相米慎二が作るような女の子映画に、オリヴェイラやペドロ・コスタのような奇妙な演劇性や冒険譚が加わっている。

中学生のリタは夏休みの間もリスボンの郊外のアパートに両親と住んでいるが、いつも憂鬱だ。近くに越してきた40代の写真家の男に夢中になるが、相手にされない。赤いエレベーターの天井に秘密の言葉を隠したり、写真家の男の展覧会に影響されて南洋のメラネシアを想像してその恰好をしてみたり。

何だかわからない不思議ちゃん映画だけれど、その色彩感覚や空間造形が神話的に見えて、見入ってしまう。リタの母親がオリヴェイラの常連のレオノール・シルヴェイラですっぴんで出てくる。このあたりもオリヴェイラを思わせるのかもしれない。

「ジョン・フロム」と言う題名は「ジョン・フロム・アメリカ」の略だが、物語でどの文脈でこの言葉が出てきたか記憶にない。たぶん写真家を指したと思う。いずれにしても、この妙な題名といい、不思議なポルトガル映画の直系であることは間違いない。

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